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傘を差し出したあの日、まだ名前も知らなかった

放課後のチャイムが鳴るころ、校庭にはもう、人の姿はなかった。雨が降る。ザーッという雨音だけが、世界を占領していた。僕は教室に取り残されたまま、カバンを肩にかけたが――どうしても、一歩が出なかった。理由は簡単だ。傘を忘れたのだ。窓の外を見つめながら、ため息をひとつ。濡れて帰るしかない、と覚悟したときだった。「――これ、使う?」振り返ると、見たことのある女子が立っていた。同じクラスだが、一度も話したことはない。「私、カサ二本あるから」冗談みたいな言葉だった。なんで二本も? と聞く前に、彼女は一歩、近づいてきた。「……本当は、持って帰れない手紙があってさ。 荷物が濡れたら困るから、保険で二本持ってきたの」その意味はわからなかった。でも、簡単に聞いてはいけない理由がある――そう思った。誰にも言えないことを抱えてるのは、自分だけじゃないんだ。そう思ったら、不思議と、雨の音がやわらかく聞こえた。「ありがとう」そう言うと、彼女は少し照れた声で返した。「返さなくていいよ。……手紙、書けたら返して」あの日、僕は知らなかった。この傘を渡してくれた彼女が、のちに“泣き笑いできる親友”になることを。そして、彼女の言った「手紙」の意味を知るのは、ずっとずっと先――桜の咲く、別れの日だった。人は、傘じゃなく 心を貸してくれるときがある。
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飛ばしてみろよ。夢も、こんくらいでいいんだよ

 卒業式の朝、体育館にはまだ人の気配がまばらで、 冷えた空気だけが静かに漂っていた。 三月の光はやわらかいのに、 胸の奥はどこか落ち着かずざわついていた。 「陽太、来ないのかな……」 そうつぶやくと、自分でも驚くほど声が小さく震えていた。 佐伯陽太――二年の春、誰とも話せなかった僕に、 最初に「弁当、交換しねえ?」と笑いかけてきたやつ。  授業中に居眠りして先生に怒られたのに、 「夢の続き見てた」と平然と言うような、不器用で、まっすぐなやつ。 あいつがいなければ、僕は高校を途中で辞めていたかもしれない。 放課後の空き教室。   進路調査票を前に、どうしても「将来の夢」が書けなかった僕は、   俯いて机をにらんでいた。    書けない理由も、言葉にならなかった。   夢なんて、思い浮かべるだけで「笑われそうだ」と怖かったからだ。 そんな僕の 進路調査票を、陽太はふいに丸めて紙飛行機にした。 「飛ばしてみろよ。夢も、こんくらいでいいんだよ」 僕は泣きながら、それを窓から投げた。 紙飛行機は、夕焼けの風にあおられ、校舎の向こうに消えていった。 だが三年の秋だった。   突然、陽太は学校に来なくなった。    詳しい事情は誰も知らなかった。   家庭のことらしい、とだけ聞いた。 僕は怖くて、会いに行けなかった。 「いつでも連絡してこいよ」 その言葉すら、送れなかった。 そして卒業式。 結局、陽太は来なかった。 閉会後、教室に戻ると、   担任の桐原先生がひとりで窓辺に立っていた。   先生は僕にだけ、小さな封筒を渡した。 「佐伯から預かっている。お前に渡してくれってさ。」 僕は息をのん
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