絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

いまの自分と向き合う

今日は病棟でバイトの日でしたメインの仕事は精神科訪問看護なんですがたまに病棟でも働くことがあります普段目に見えない 心を扱う仕事をしているので 時々何が正解なのかわからず 苦しくなってしまうことがあります 僕にとって病棟でのバイトの時間は 目に見えるわかりやすい形で 自分のしていることが結果としてわかり そこに感謝していただける それはいつもと違ったやりがいを感じ 達成感を感じる時間でもあります 採血やルートキープなどの看護技術は やってないとどんどん衰えてしまうので それを維持するためにも 精神科だけでなく身体科でも働いています *病院で働いていると 人はいつどこでどうなるかわからないもの ということを再認識させられます 昨日まで元気だった人が 突然寝たきりになることもあれば 病気が見えないところで 少しずつ体を蝕み死に至らしめることもある そんな不平等な現実を 目の当たりにする機会でもあります そういう現実を見るたびに 自分もいつどうなるかわからないし いつ死んでもいいような生き方がしたい そうあらためて思わされます *「いつ死んでもいい」 そうきっぱり言える人はカッコいいです 僕はまだまだそうは思えません それは言い換えると 日々を全力で本気で生きていない ということなのかもしれません もちろんそうしたくても 身体的な理由や、精神的な理由から そうできない人もたくさんいます その人たちは 他の人には決して理解され難い 葛藤や苦しみと闘っていることと思います 人と比べる必要もなければ カッコよく見せる必要もありません 小さな行動やチャレンジあっても カッコ悪くても、泥臭くて
0
カバー画像

余裕がないときに意識を向けたいこと

こんにちは🌱 たかです😊 いつもブログを読みに来てくださり ありがとうございます♪ 学び、経験、実践の中から 試したこと 身につけたこと 感じたことなどを 必要な方にお届けできたら いいなと思って書いています🍀 * 日々の生活の中で私たちは 「やるべきこと」に追われています 仕事や家事、スマホの通知など 時間はあっという間に過ぎ去ってしまいます そんな中で大切な人との時間や小さな喜びを 見逃してしまうことはないでしょうか?先日、部屋で仕事をしていた時のことです 「あと少し」とパソコンに向かっていました そこへ子どもがやってきて 嬉しかった出来事を一生懸命話してくれました しかし、僕はパソコンの画面を見たまま 「ふーん、そうなんだ」とだけ返答しました 少し手を止めて からだを子どもの方に向け 子どもの目を見て 「そっか、そうなんだね」 と笑顔で応えてあげられていたら 子どもの嬉しさはもっと大きくなり その時間はお互いにとって幸せな時間に なっていたかもしれません それは時間にするとたった『5秒』で済んだと思います たとえどれだけ忙しくても 5秒すら手を止めれないなんてことは ないのではないでしょうかもしそれがその人との最後のやりとりだったとしたら そう考えるとどうでしょう?僕を含めて多くの人は「また明日がある」と思い込んでいます しかし、今まで通りの明日が来るそんな保証はどこにもありません人はどこでどうなるかわからないのです だからこそ日常の中の小さな一瞬一瞬を大切にすることが人生で何より大事なのではないかと思うのです「幸せ」と聞くと 大きな成功や特別な出来事を 思い浮かべるかも
0
2 件中 1 - 2