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「他者との分離」がうまくできない私へ

――心が痛むとき、どこまでが“わたし”で、どこからが“あなた”なのか災害のニュースを見て胸が苦しくなる。SNSで誰かの悲しい話を読んで、気がついたら涙がこぼれている。そんなことが、昔からよくあります。「どうしてこんなにも他人のことで心が痛むんだろう」と思っていたところ、あるとき精神科の先生が言いました。「“他者との分離”がうまくできていないのかもしれませんね」と。その言葉に、最初は戸惑いました。「他人を思いやることが悪いの?」と。でも、先生は続けてこう言いました。「もちろん、誰かを思いやることは素晴らしいこと。でも、必要以上に他人の感情に引きずられてしまうのは、自身をすり減らすことになります」❇️「あなたの苦しみ=わたしの苦しみ」になってしまう私には、悲しんでいる誰かを見ると、それがまるで“自分のこと”のように感じられてしまう癖があります。理屈では「違う人生を生きている他人」だとわかっていても、心はどうしても一体化してしまう。たとえば災害の被災地。自分がそこにいないのに、息苦しくて、胸が詰まって、眠れなくなる。被害に遭った方の言葉を読んで、「もし自分の大切な人が…」と想像し、気づけば泣いている。感受性が強いとか、優しいとか、そう言われることもあります。でもそれは、決して“美しいこと”ばかりではありません。自他の境界があいまいになることで、自分の心が日々小さな「共感の痛み」によって削られていくのです。❇️自分の心を守るための「分離」精神科の先生が言っていた「他者との分離」という言葉。これは、冷たくなれという意味ではありません。相手の気持ちや状況に共感しつつも、自分の感情と混ぜこぜ
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【うつ病・繊細さん】感じすぎてしまうあなたへ ―「他人」と「自分」を分けることで、心は軽くなる―

うつ病や繊細な気質を持つ人は、人の気持ちを汲む力にとても優れています。言葉にされていない感情、空気の変化、ちょっとした違和感。そういったものを自然と感じ取り、相手に寄り添うことができます。けれど、その優しさゆえに、苦しくなってしまうことがあります。相手の悲しみを、自分の悲しみのように感じてしまう。怒りや不安に触れると、自分の心までざわついてしまう。気づけば「自分の気持ち」がどこにあるのかわからなくなる。それは、あなたが弱いからではありません。むしろ、感じる力が強いからこそ起きていることです。ただ、そのままでは心がすり減ってしまう。だからこそ必要なのが、「他者との分離」という視点です。❇️なぜ分離が必要なのか繊細な人は、「人とつながる力」がとても強い反面、「境界線」が曖昧になりやすい特徴があります。本来、感情には持ち主がいます。悲しみは、その人のもの。怒りも、その人のもの。不安も、その人自身の中で生まれているものです。けれど、共感力が高いと、それを自分の内側に取り込んでしまう。まるで、他人の荷物を「自分のもの」として背負ってしまうように。当然、重くなります。そして、「なぜこんなに苦しいのか」がわからなくなるのです。❇️大切なのは「切り離すこと」ではなく「区別すること」ここで誤解しやすいのですが、分離とは「冷たくなること」ではありません。相手を突き放すことでも、無関心になることでもない。そうではなく、「これは相手のもので、これは自分のもの」と、はっきり区別することです。たとえば、誰かが落ち込んでいるとき。「つらそうだな」と感じるのは自然なことです。でも、その「つらさ」そのものは、相
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