あの日、朝からカップラーメンを食べてよかった理由
🥢カップラーメン事件と「正しさの檻」からの脱出おはようございます。朝から、まさかのカップラーメン🍜我ながら「え?」と思ってしまう選択でした。もちろん、ヨーグルトとバナナもちゃんと食べていたんです。なのに、どうしてもどうしてもカップラーメンが食べたくなって。冷蔵庫にあったキャベツやもやし、わかめ、ひき肉を足して、心にも体にもやさしくなるような“私仕様”にして。一口食べてみて「うん、久しぶりに悪くないかも」なんて思ったものの、食べ終わってからは…「もうしばらく、いいや。」と苦笑い😅でも、妙にスッキリしている自分がいました正しさに縛られすぎていたかもしれない私は日頃、家族のカリウム制限に気を遣った食事を作り、栄養バランスを考え…自分の体調がすぐれなくても、どこか「こうあるべき」に自分を当てはめてきました。だけど本当は、ちょっと疲れていたんです。本音では、栄養バランスより、時間や手間より、「楽したい」「無性に食べたい」気持ちが勝っていたのかもしれない。それなのに、そんな自分をどこかで責めていた。朝からカップラーメンなんて、女性として、人として「よろしくない」…そんな“正しさの檻”に自分を押し込めていたのかもしれません。経験を「回収」していくということでもね、思ったんです。「これはこれで、よかった。」正しいか間違っているかじゃなくて、“こうしてみたら、こう感じた”という経験が一つ積まれた。それだけで、心がちょっと自由になれた気がしたんです。私にとってこの一杯は、栄養でもジャンクでもなく、「もういいよ、自分に少しくらい甘くて」という許しだったのかもしれません。カップラーメンを食べたという事
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