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占いに来る前、だいたいもう答えは出てる

相談文を読むとき、正直に言うと、もう方向は見えてることが多い。まだ起きていない未来じゃなくて、今この人がどこを見てどこを見ないようにしているか。迷っているのは「答え」じゃない。もう薄々わかってる。ただ、それを選び切るのが怖いだけ。この人は戻りたいのか進みたいのかそれとも立ち止まりたいのか。文章の行間に、だいたい全部出てる。占いは背中を押すものじゃないし、奇跡を起こすものでもない。「こっちを選びたい気がする」その感覚が本当に自分のものかどうかを確認する場所。不安がなくなったら動く、はたぶん一生来ない。不安があるままそれでも選ぶ。そのときに自分が今どこに立っているのかを静かに見るためにカードを使っている。未来を決めるためじゃない。当てるためでもない。今の自分の立ち位置と、ハンドルの向き。それを確認するだけ。だから「まだ何も決まってません」そう言う人ほど、実は一番、答えを持ってる。その答えを責めずに、急かさずに一度テーブルの上に置く。それが私の占いの役割。選ぶのはいつも本人。私は横で一緒に見るだけ。
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少し距離を置いたほうが、見えることもある

誰かの気持ちが知りたくて、近づきすぎてしまうことがある。言葉の裏を読もうとして、沈黙の意味を考えすぎて、自分の呼吸が浅くなる。でも、一度だけ距離を置くと、不思議と見えてくるものがある。相手がどうこうじゃなくて、自分が何を感じているか。寂しいのか。怖いのか。それとも、もう疲れているのか。距離を取るって、突き放すことじゃない。逃げることでもない。ただ、自分の立ち位置を確認するための間。占いも同じで、答えを急ぐときほど、少し引いた視点が必要になる。近すぎると見えない。遠すぎてもわからない。ちょうどいい距離で、今の自分を見る。今日は、動かなくてもいい。結論を出さなくてもいい。ただ、どこに立っているかだけを確認する日でもいい。
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「誰のために作っているか」迷ったときに立ち止まる場所

動画を作っていて、ふと立ち止まる瞬間はありませんか?「これって誰に向けて作ってるんだろう?」「これって本当に、自分が作りたい動画なんだろうか?」そんな迷いがよぎると、編集も手が止まり、アップロードまでの道が遠く感じることもあります。でも、その感覚はけっして間違いではありません。YouTubeを続けていれば、数字や周囲の反応に引っ張られてしまうこともあります。「バズった型」をなぞりたくなったり、アルゴリズムに合わせようとしたり。それ自体が悪いわけではありませんが、続けていくほどに、“原点”から少しずつ離れてしまう瞬間が生まれてきます。そんなときにこそ、問い直してみてほしいのです。「この動画、誰に届けたい?」「その人が見たとき、どんな気持ちになってほしい?」たとえば——・昔の自分に届けたい動画・友人や家族にこっそり見せたい動画・誰かの不安を少しでも軽くしたい動画視聴者像が少しでも浮かぶと、動画づくりはまた動き始めます。“誰か”の顔が見える動画には、あたたかさがあります。どんなジャンルでも、再生数がどうであれ、その気持ちは必ず画面越しに伝わります。たとえ一人でも、その動画に「見てよかった」と感じてくれる人がいるのなら、それはもう、あなたの動画が“届いている”ということです。届けたい人がいる。だから、今日もカメラの前に立つ。そんな原点を、時々思い出してみませんか?
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