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クリスマスを勘違いする日本のイタイ親の巻。

クリスマスを3日も過ぎて、Xの投稿が流れてきて、びっくりしたことがあったんだよね。「うちの子供中学生なのに、まだサンタクロース信じてて、ほんとやばい。」「プレゼント金額があがってきて面倒になったので、いい加減こどもにさっきバラした。マジで泣いてたわ、笑。」などなど、とんでもない親のつぶやきに面食らった。日本の若い親。馬鹿すぎる。アホを超えて、お前らバカや。こんな投稿がいくつもながれていて、そう言いたくなった。 クリスマスがなんの日なのか、わからず、結局は表面的なイメージに乗っかってクリスマスを祝っていたのか?というあたりが、まるで、ワクチンの副作用の情報が流れていても、自分の命にかかわる問題を真剣に考えることなく、同調圧力でよくかんがえずに打ってしまったというノリと一緒すぎて、正直、笑えなかった...。 「子供の人生に強く影響している自分たち」という意識が希薄すぎて、ドラマか漫画の世界をながめるような感覚で子育てしている。 このように今の日本親はサンタクロースを、ワールドカップかなにかのように勘違いしているけども、ちがいます。一応クリスチャンなんで、言わせてもらいます。本来は、クリスマスというのは非常に厳かな日なんです。 冬至はもっとも日が短くなる日、太陽が一旦死ぬ日なんです。そのあたりにおかれたクリスマスの祝日というのは、古今東西もともとあらゆる文化圏でそうだったんですが、自分の内なる光に着目し、ひとりひとりが自分の内側の精神性の神聖さにふれる時間にする日なんですよ。 お祭り騒ぎをするためとか、彼女とホテルに行く恋人の日じゃないんですよ。むしろ、自分が日頃大事にしている人間た
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“悟り”と“金運”が出会う場所

こんにちは。ロシア超能力研究所・元日本代理人悟りの賢者、Nobuyuki NONAKAです。この世界には、ごくわずかしか存在しない“ある共通項”を持った人々がいます。それは「圧倒的な金運を手にした者」と「本質的な悟りに至った者」。一見、まるで違う道を歩んでいるように見えるこのふたつ。しかし、実際には同じ“頂き”にたどり着く者たちの姿なのです。頂点に立つということ私たちの現実は、ピラミッドのような構造をしています。下層には、安心や常識といった“馴染みある現実”が広がり、その上に進むごとに人は減り、景色は変わり、やがて頂点にたどり着く。金運を極めた者も、悟りに到達した者も、最終的には“ひとり”でその場所に立つことになります。けれど、そこから見える世界は、誰かと共感し合えるような軽やかなものではありません。それは、魂の芯を震わせるほどの深い静けさと喜び。孤独を受け入れた者にだけ開かれる、まったく別次元の現実です。多くの人が“そこ”を目指さない理由頂点に立つと、孤独になる――この“覚悟”を、多くの人は持ちたがりません。現状がどれほど苦しくても、「慣れた世界」にしがみつく。たとえ傷つく毎日でも、そこに留まる方が安心だと錯覚する。けれど、悟りも金運も、“軽くなること”を必要とします。今あるものを握りしめたままでは、上には行けないのです。ある来訪者の話かつて、私のもとを訪ねてきた一人の女性がいました。「悟りと金運の本質を学びたい」と、強い想いでやって来た方でした。しかし、わずか数日後。彼女はこう言いました。「孤独になるのは嫌なんです」「今の人間関係も手放したくありません」そして、彼女は3日で
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