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最初の一歩🌼

こんにちは✨かんなつです♪春は新生活を迎えお忙しいことと思います入学や進学そして就職や新たな出会いに胸膨らませている方やちょっと不安なお気持ちになっている方も多いと思います春は誰にとっても特別な季節ですよね🌸もうずいぶん前のことですが忘れられない春の話です✨わたしにはふたりの子どもがいます年子なのでいつもふたりは仲良しでお姉ちゃんと弟というより双子のようでした😊そんなふたりにも最初のお別れがやってきましたお姉ちゃん小学生になったからですお姉ちゃんは新生活に胸を膨らませて準備に大忙しです✨弟はその日が来るまで何もわからず普通に過ごしていましたお姉ちゃんの入学式も終わりいざ自分が幼稚園に通う段階に入ってはじめて気づいたのでしょう自分がひとりで幼稚園のバスに乗らなければならないことに‼その日は何とか無事にバスに乗りましたが次の日から大変でした😅幼稚園はお気に入りの先生が担任になったので行く気になったことでほっとしましたがバスには乗りたくないと言うのでそんなに嫌ならしばらくの間バスはやめて登下校はお迎えにしました時間はかかりましたが新しい生活に慣れてバスに乗ると言った時わたしは心の中でガッツポーズをしました~✨誰でも新しい生活はワクワクやドキドキ♡もあるけれど戸惑いや不安もありますよねわたしでよければお話してみませんか優しくお伺いします✨あなたの新しい生活応援させていただきますね🌸ここまで読んでくださりありがとうございました
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点と点が繋がる

先月、叔母が亡くなった。ごく少人数で葬式をひっそりあげた。 父親は5人姉弟の長男で、亡くなったのは一番下の妹。 姉弟と父親とのいざこざで叔母の兄姉のうち父親以外は、誰も葬式には出席しなかった。 葬式にはよくある話だ…。こういう時に、身内のいざこざが露呈される。 「そういえば納骨式を明後日、やると言ってたな」と昨日、思い出し、実家を訪ねた。納骨式に出席しなくていいのか尋ねると「ウチの家族(私の弟夫婦)4人だけでやるつもりだ」と言ったので、「わかった」と言ってすぐに帰るつもりだった。 しかし、玄関を出ようとすると何故か呼び止められ、父親の姉弟の愚痴を30分くらい聞かされることとなった。 何年も前から、このいざこざの件は承知していた。私はというと両者どちらにも非があると以前から捉えていた。 前回、霊能者のお宅へ伺ったとき、この件に関してすでに聞いていたことがある。 ちなみに父親の姉弟の順番は、長女→父親(長男)→次男→三男→次女(亡くなった叔母)となっている。 霊能者が教えてくれた内容 ↓ それぞれの今現在いる次元 長女…4次元 父親…5次元 次男…4次元 三男…4次元と5次元の間 次女…亡くなったとき7次元 …と霊能者は教えてくれた。 確かに三男だけは叔母の葬式の前日、姉弟の中で唯一ひとり、滞在時間はわずか30分ほどだが、遠方から実家に駆け付けてくれた。(ここで次元の差が出ているのがわかる) 長女と次男は、話にならないくらい父親を嫌ってしまっている。 それぞれの次元を踏まえていた私は、父親が姉弟と話し合っても無駄なことを悟った為、「意識のレベルが違うから、仕方ないよ。長い間、気持ち
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12月6日 今日は何の日?

12月6日 今日は姉の日‼漫画家で兄弟型・姉妹型の研究家である畑田国男(はただ くにお、1944~1996年)が1992年(平成4年)に提唱。 日付は9月6日の「妹の日」の3ヵ月後であることと、この日が祝日の聖ニコラウス(サンタクロース)にまつわる三姉妹伝説に由来し、ヨーロッパでは「サンタクロース・デー」と呼ばれていることから。三姉妹その昔、ある貧しい生活を送る三姉妹がいた。その貧しさの中で、長女の姉は妹たちの幸せのために自分の身を売ろうとしていた。それを知ったニコラウスは心を痛め、何とかしようと真夜中にその家を訪れ、窓からこっそり金貨を中に投げ入れた。 すると、その金貨は偶然にも暖炉の前に干してあった洗濯物の靴下の中に入った。その金貨のおかげもあって長女は身売りをせずに済み、三姉妹は無事に嫁入りすることができたという。 このような物語に由来して、姉はしっかり者で控えめ、気配りができて犠牲的精神を持つとされている。また、この物語に由来して、クリスマスプレゼントを靴下に入れるにようになったと言われている。 兄弟・姉妹に関連する記念日として、3月6日は「弟の日」、6月6日は「兄の日」、9月6日は「妹の日」、11月23日は「いい兄さんの日」となっている。
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【私と「声」の話】 #3

私は3人きょうだいの真ん中で おしゃべり上手な姉と弟に囲まれて育ったんだけど、 ​ 6つ上の姉は、頭の回転が速くて、 いつも面白いことを言っては家族を笑わせてた。 ​ たとえば、家族旅行で泊まったホテルに 「虹の架け橋」という渡り廊下があったとき、 姉が突然、 「プロ野球選手が泊まるホテルで、  2時になると全員ダッシュで廊下を走るから  “2時の駆け足”って言うんだよ!」」 とか言い出して… 私も弟も大喜びしてた、 今でも思い出して笑ってしまうくらい。 ​ 弟は年子で、 待望の男の子だったこともあり、 何かと優先がち 姉に負けないくらいよくしゃべる子で、 注目の的だった。 ​ そんな2人に挟まれた私は、 「聞き役」だったと思ってたんだけど、、、 ​ 昔の記録や家族の話を聞くと、 どうやら違ったようで、 ​ どうやら私はあまり多くは話さない代わりに 自己主張はかなり強かったらしく、 一度「イッ・ヤッ・ダッ!!」と言い出すと、 誰にも止められなかったとか。 ​ 例えば、トランプで負けそうになると、 うるうるした目で涙をいっぱいためながら ​ 「イッ・ヤッ・ダッ!!」 ​ と叫んでいたみたい。 ただの負けず嫌いかもしれないけど、、、 ​ いまだに姉からは 「あなたの“イ・ヤ・ダ!”は本当に激しかった!」 って言われる。 ​ 気迫や感情がこもった言葉や声って、 きっと人の記憶に残るだろうなぁ~。 (と、まとめてみる…が、  私、思っているよりずっと強かったのかも💦)
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