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推しの結婚を乗り越えるのに2年半

推し活が持てはやされがちな昨今、推しがいない方が幸せだと思うことがあります。コロナ前に私の推しが一般人の方と結婚しました。それをネットニュースで見た時は、「結婚」という字面が理解できなくなりました。自分の外側と内側に大きな距離ができて、離れていくように呆然としました。だんだんと状況が飲み込めるようになり、「仕方ないよね、むしろ遅かった方だよ」と物分かりのいい自分を「自分に向かって」演じ、すぐに大丈夫だと言い聞かせたのです。しかし、思考の半分以上はそれに持っていかれていました。自分を演じきれなくなると、「何で結婚なんかしたんだろう。結婚しないオーラが漂ってなかった?」なんてかなり都合のいい幻覚を信じ始めていました。ネット上で誹謗中傷はしませんでしたが、SNSで結婚制度に呪詛を唱えまくっていた。今思うと、情けなさすぎ自分。パーティー大好きDQN系な事務所の推しだったのですが、ただ1人パーティー会場を去らねばならない寂しさが心に滞留していました。推しが画面の中で結婚指輪を光らせてると、眠れなくなり、風呂で泣いた。とにかく距離を取ろうと、情報を追わなくしたり、行く予定だったライブをやめたりと、推しが視界や頭の中に入ってこないようにしました。そういった1人格闘が2年半は続きました。「馬鹿すぎwwwww赤の他人の結婚にwwww」と笑われることですが、振り返ると、喪失体験の一種であったと思います。推しがいなければ、そのような経験はしなくていいし、時間の無駄ですらあります。ガチ恋勢ではないつもりでしたが、疑似恋愛していたんだなと自分を客観的に分析できるようになったのは随分後になってからです。最
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