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『心を育てるのは、日々のささやかな言葉』

毎日、 朝は「おはようございます」 夕方は「おかえりなさい」と、 Xで季節や天気の話題を添えて投稿しています。 たくさんのコメントがつくわけではありませんが、 「いいね」を押してくれる人が必ずいて、 きっと誰かの一日や気持ちに寄り添えているのだ と思うと、 私自身も温かい気持ちになります。 そして気づいたんです。 画面越しに届ける言葉も、家庭で交わす言葉も、 その役割はとても似ているということに。 家庭で交わす「おはよう」や「ただいま」も、 実はとても大切な “心のスイッチ”だと思っています。 朝の「おはよう」は、 今日一日をスタートするための合図。 でもそれは、ただの習慣ではありません。 その声のトーン、目の表情、言葉のタイミング。 そこには体調も、気持ちも、眠りの深さも… いろんな「今日のサイン」が含まれています。 子どもがもし、うつむきがちでぼそっと「…おはよ」と言ったなら、 「眠いのかな」「疲れてるのかな」 と思うだけでなく、 「何かあったのかな?」と、 小さな変化をキャッチする感度を持っていたい。 言葉は、心の入り口です。 表に出てくる言葉の奥には、 まだ言葉にならない気持ちが いつも隠れているのだと思うのです。 そして、 そんな小さな変化に気づけるかどうかは、 ふだんの“まなざし”にかかっているのかも しれません。 どんなふうに声をかけるか。 どんなふうに見つめるか。 どんなふうに待つか。 そのすべてが、 子どもにとっての「安心」になります。 たとえば── 朝、眠そうな子どもに 「ちゃんと起きなさい!」ではなく、 「眠そうだね。昨日、遅くまで頑張ってたもんね」 と声
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「我慢は美徳じゃないと知った」

「我慢」という言葉には、 私たちが思っている以上に 深い背景があるのだと知りました。 それは、ただ“耐える”という意味ではなく、 自分の心を見つめ直すきっかけになる言葉でした。仏教でいう「我慢」という言葉には、 もともと“慢心”という意味があったのだそうです。強い自己意識から生まれる、 「自分のほうが正しい」 「自分のほうが上だ」といった思い。 静かに胸の奥でふくらんでいく、 そんな心のあり方を指していました。 けれど、私たちが日々口にする「我慢」は、 少し違った響きを持っていますよね。 悲しいことやつらいこと、人に言えない気持ちを ぎゅっと握りしめて耐えること。 どこかネガティブで苦しい状態なのに、 「我慢できる人は立派だ」と、 まるで美徳のように扱われることも 少なくありません。 同じ「良くない心」から来ている言葉なのに、 その印象は大きく違います。 仏教の「我慢」は 自分を高く見てしまう心で、 日常の「我慢」は 自分を小さく押しつぶすような心。 真逆のようでいて、でもどちらも 私たちの中に静かに居座ってしまうものです。 「私が我慢すれば丸く収まる」 「言いたいことを飲み込めば波風は立たない」 そんなふうに、自分を抑え込むことが 優しさだと思い込んでしまうこともあります。 けれど、よくよく内側を覗いてみると、 その奥にはほんのわずかに、 “自分が耐えれば状況はよくなるはず” という慢心が潜んでいることもあります。 私自身も、「私さえ我慢すれば」と 自分を犠牲にするような気持ちに浸ったことが 何度もあります。 当時はそれが 「思いやり」や「責任感」だと信じていました。 けれど
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『心を育てるのは、日々のささやかな言葉』 PART.2

朝、「おはよう」と声をかける。 食卓で「おいしいね」と笑い合う。 夜には「今日もがんばったね」と労う。 それは、ほんの短い言葉かもしれません。 でも、その一つひとつが、 子どもの心の土台を作っていきます。 私たち大人は、忙しい毎日の中でつい、 「しなきゃいけないこと」や 「気をつけたいこと」 ばかりに目が向きがちです。 けれど、本当に子どもを支えてくれるのは、 特別な教育法や立派なイベントよりも、 日常の中で自然に交わされるあたたかい言葉です。 子どもは、 かけられた言葉の響きを心にしまい込みます。 うれしかった言葉は、自分を信じる力になります。 悲しかった言葉は、 心を守るための壁になることもあります。 だからこそ、 今日の一言が未来につながっていることを、 ほんの少しだけ意識してみてほしいのです。 完璧である必要はありません。 ときには、 疲れて笑顔が作れない日もあるでしょう。 でも、その中で 「ありがとう」「助かったよ」と伝えるだけで、 子どもは 「ああ、自分はここにいていいんだ」 と感じられます。 毎日の小さな会話が、 心をあたためる毛布のように 積み重なっていきます。 その毛布は、 子どもが大人になってからも、 ずっと心を守ってくれるはずです。 今日、どんな言葉を手渡しますか? それはきっと、 未来のその子への贈り物になります。
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癒され救われるということ

寄り添いヒーラー希夢です✨わたくしごとではあるのですが今日の午後、17年以上共に暮らしていた鳥さんが虹の橋を渡りました。火葬の業者さんに連絡をしようとした時に5年以上前に愛犬の火葬でお世話になった業者さんに今回もお願いしたいと思い引き出しの奥にしまってある書類を探し出して連絡をし、予約を行いました。前回お世話になってからもう何年も経っているし他にも沢山の業者さんがあるのですが私が書類を引っ張り出してまで(レアケース)同じ所にお願いしたのには理由があります。それは…愛犬の時に対応して下さった方の印象と対応がとても良かったから。フリーダイヤルに電話をかけたらおじさんというか、おじいさん寄りの男性が出てその声や話し方がとても優しくて。「うん。うん。そうなんだね。。こういう話をするのも本当は辛いよね。。」と言ってくれたその「うんうん。」がものすごく優しくて。(お客様向けの丁寧な口調と身近な感じの口調も絶妙でした)当時の私はとても救われたんですよね。当日も電話の方らしき人が来て下さって実物も優しかったのをとてもよく覚えています。で…今回また電話をしたらフリーダイヤルが繋がらなくてしばらくしたらかけ直してきて下さりお話しの感じがあの時の方とそっくりで。やっぱりものすごく救われたのでした。実際は前回と同じ方かは分かりませんが話すその声で受け応えのしかたで癒しを与えたり緊張がほっと緩んだり救われた気持ちになったりああ私がしているのもしたいのもこれだよね寄り添うってこういうことだよねと、期せずして私が救われる側になって改めて痛感したのでした^^お辛い想いをされている方不安に押しつぶされそうな方傷
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