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二元性

ある意識にフォーカスすると、強烈な感情を引き起こすことがある 例えば「被害者意識」 何らかのきっかけでこれにスイッチが入ると、猛烈な怒りや悲しみや憎しみ、批判の嵐に引き込まれドラマの中にどっぷりと浸かることになる そして「自己」を見失う 例えば「加害者意識」 これにフォーカスすると強烈な罪悪感やいたたまれなさ、自信の喪失感や後悔に苛まれることになる あまりにもその感情が辛いから「自分の方こそ被害者だ」と主張して、その苦しみから逃れようとすることすらある そしてやはり「自己」を見失う 被害者意識も加害者意識もその意識を持ち続けている限り、どちらの側であっても安らかな気持ちに辿り着くことはない これらはセットであり、同じコインの裏表のようなもの 鳥になって、空から地上を見下ろせば見える そのような視点から見てみると分かる 自分を「被害者だ」と思った瞬間、加害者を創造してしまう 何故なら加害者なき被害者は存在しないからだ 自分が何かの被害者だと思っているなら、誰かしら他の人を加害者と思っていると言うことだ 表面の自覚できる意識ではそう思っていなくても、もしも心の奥底にこの被害者意識がシコリになってあり続けていると、常に誰かが加害者に見えてしまったり、言い換えると加害者を引き寄せしてしまうこともあるかもしれない 何故ならこの世の中はふたつでセットだから 三次元であるこの世界は、「二元性」と呼ばれるセットやペアや対で出来ている でもそれは何も悪いことではない 「悪」ですら「善」と対のコトバ これはコトバ遊びでなく、表がなければ裏は存在しないし、良いも悪いも超えたところに私達の本質=自己は
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映画『陪審員2番』を見て

こんにちは。うららです。先月は1本も記事を上げてなかった!みなさま、いかがお過ごしでしたでしょうか。ブログを書かずに何してたかっていうと仕事のこと、体のことでいくつか大きな変化を経験していたのと、クリント・イーストウッド監督『陪審員2番』をU-NEXTで見てました(劇場未公開)。ネタバレになるので詳しくは書かないけど主人公がそこそこ善人でそこそこ悪人なのがめっちゃリアルで興味深かったです!善良と邪悪ポジティブとネガティブ光と闇これをパッキリ分けるのは二元性(デュアリティ)の世界。意識の次元としては低い。どっちもあって混ざり合ってるのが一元性(ワンネス)。意識の次元が高い。➕か➖か「ふたつにひとつ」じゃなくてブレンド比率の話なんですよね。コーヒー多めのカフェオレかミルク多めのカフェオレか・・・みたいな。映画に話を戻すと、主人公と同じように被告人もまた善と悪のグラデーションなんです。でも裁判なので、白黒ハッキリさせなきゃいけない。弁護側は被告人を「100% Good Guy」だと言い、検察側は被告人を「100% Bad Guy」だと言うわけです。こういうことをね、わたしたちは頭の中でやってるんじゃないかと思うんです。自分や他人を被告席に立たせてね。ニュースや一部のSNSってほんとコレばっかりやっている。そもそも「受容」がデフォルトのエンパスさんはこういう「裁判」とは縁遠いはずなんです。本来は。まずは自分を被告席に立たせるのをやめたいですね。
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