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「将棋ソング」

【音の誘い】6歳の時父親の友達の「柴沼」さんが来て2人で将棋をやっていた。その将棋を見た俺はルールが全然解らなかったけど将棋の駒を置く音が良くて真横でずっと見入ってしまった。その姿を見た父親は「将棋したいのか?」と俺に聞いてきた。(*´゚д゚`*)オヤオヤでも俺は将棋がしたい訳じゃ無かったから無言で顔を横に振りまた将棋盤を見始めた。すると父親は何で見てるのかよく解らんと言う変な顔をしてまた将棋を始めた。(*´Д`*)ワカラン俺はそんな父親の顔なんて気にせず将棋の駒が置かれる音を聞き良い気分になってしまった。そんな事してたらウトウトし始めて眠くなりそのまま将棋盤に頭をぶつけて駒をばらまいた!〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓【真剣勝負】俺が将棋盤に頭をぶつけた瞬間父親の「ぐあぁ!」という声でビックリして目が覚めてしまう。ヒィィッ!!∑(;Д;ノ)ノそして父親が「絶対勝てたのにー!」と叫び柴沼さんが「決着漬けられず残念だなぁ」と言って笑ってた。その後俺は父親に抱きかかえられ布団に連れてかれ寝てしまった。スヤスヤ(*´Д`*)俺が眠りに入る瞬間父親が「やり直し!」と興奮してたので何か賭けをしてたに違いない。俺が目を覚ますともう外が真っ暗で母親が夕飯の支度をしてた。でも父親と柴沼さんはまだ将棋をしてて勝負がついてない。しかし母親が「夕飯が出来るよ」と言うので俺の指定席の父親の膝に座って夕飯が出来るのを待ってた。〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓【特訓開始】俺が父親の膝の上で夕飯が出来るのを待ってる時将棋の駒を置く音が良くてまたずっと見てしまってた。そして夕飯が出来将棋の勝負がい
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正しさは、他者を駒にするためにも使われる

昔「陰謀論」と笑われた話が、後に事実だったと明かされることもある。同時に、事実と妄想、意図と錯覚が混在していることもあります。何を信じるかより、その情報を「どう使っているか」で、人の在り方が現れます。 正義に酔った瞬間の変貌 人は、何かを“正しい”と強く信じたとき、攻撃者に変わることもある。「嘘つきだ」「許せない」──怒りが膨らむたびに、正義は加速する。その正義は、しばしば快感をともなう。だから広がりやすい。だが、思考は止まっている。「なぜそれを信じたのか?」という問いが消える。   誰かの駒になる構造:情報の背景を見失う 情報に対する問いを放棄し、感情に乗ると、思考は他人の手に落ちる。「自分の意志で怒っている」と信じながら、実は誰かの主張を代弁しているだけ。「正義」を掲げているつもりが、いつの間にか他者の駒に成り下がっている。   暴力への変質:正義と意見の境界が崩れる 社会に声を上げることは必要だし、主張を持つことも大切。しかし、自分と異なる意見に対して、人格を攻撃し始めた瞬間── それはもう「意見」ではなく「暴力」だ。  真実の使い方で在り方が見える 地球が平面か球体かという議論に意味があるか? 真実が生活に影響しないなら、判断軸は「自分にとって必要か」でも良い。真実は武器にも道具にもなる。 それをどう使うかで、その人の在り方が露呈する。  思考を止めた瞬間、人は駒になる 問いが消えた瞬間、他者の駒になっていることも。自分の頭で考え、自分の責任で選ぶこと。それを、誰かにぶつける必要はまったくありません。わからないままでもいい。答えを急がず、問いを持ち続けること。それが、誰
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