絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

「娘の海外結婚式に出席予定」

さってえ~、どうするべ??「海外の結婚式」ってボク自身を含め「2度目」じゃ。^^場所は「中国」、「ハルピン」だと思う。昔は日本軍が「戦闘?」していた地じゃ。でもね~、なんかちょい「コワイ中国?」「理由のない拘束?」でもされかねない。「オマエ、日本のスパイか?」「イイエ、チガウよ~;;」「ま、なんでもイイ、ちょっとコイ!」「オイ~、ナニスルぅ~!?」・・・そしてボクは「日本大使館」からも見捨てられ、「6年間の投獄」となる・・なんてことはナイと言い切れないのが、中国じゃ。(^^;この前も「日中友好NGO」のベテランさんが「6年間も幽閉され、釈放された」っていう事件あるよ。^^;こわいぜよ~今までぜんぜん問題なかったNGO職員さんだけど、ちょっと食事会で友人(=共産党)と会話しただけなのに「スパイ容疑?」で逮捕され、「6年間」の投獄じゃ!う~。その間は、「ず~っと数名の監視員の監視で、狭い獄舎の部屋の中で過ごした」んだ。つらいのぉ~。なんでやねん!意味わからん、まあ、まさかの「無期懲役?」もあるし。「大金の脱税で死刑」もあるし~、「麻薬取引」なんて、ア~タ!もろ「死刑」かもよ。こえ~~(^^;;;そういえば~、ただふら~っと中国の街を歩いていただけなのに「共産党警備員」に「うん?コイツ何者だ?!」っていう動きをされて、もう少しで「公安」に連れていかれそ~になったぜよ。あぶねぇ~^^;以前に「中国からの要請で派遣された測量技師」が「スパイ容疑?」をかけられ逮捕され刑務所に送られた!っていう、なにやら「無茶苦茶」な事件もあったね。彼はあれからど~なったのか?まさか、今も・・・なんてことな
0
カバー画像

そうそう、停電といえばソーラー電卓で苦労しました

 1992年当時のカンボジアの首都プノンペン、停電が頻繁で半日電気がないとか、2日間まったく電気がないとかいうのもザラでした。 しかも治安が非常に悪くて夜中に1回位は銃声が聞こえたものでした。 そんな中、私が所属するNGOが受けていた政府の補助金の決算報告を明日の朝までにしなければならないということで、昼間電気がなかったけど夕方電気がきたので、夕食をさっさと済ませてさあ、仕事片付けよう!と思ったらまた停電! この時まだ前回のブログで書いたようなPC98を持ち込んでなくて、電卓で計算して「ワープロ」に打ち込むという作業をしなければいけませんでした。 ワープロなんて今の若い人たちは知らないかもしれませんね、パソコンの前に流行った文字を打ち込んで印刷するだけのものですが、プリンタ内臓でインクリボンカートリッジを交換して、文字打ち込んですぐ印刷できるのはスグレモノでした。 ただ、計算機能はないので、電卓で計算したものを打ち込むことになるわけですが・・・ワープロはバッテリーがあるのでよいとして、電卓の内蔵電池が切れてて、太陽電池しか使えないのですが、明かりがないことには電卓が動いてくれないわけです。 こりゃ電卓に数字が浮かび出るまでローソクを立てるしかないわけで、  1本、2本、3本・・・ まだ点かない・・・  5本、6本、7本・・・ まだ点かない・・・  9本、10本・・・ おっ! 点いた!!! 喜び勇んで仕事再開したのですが あ・・・暑いいいっ!!!!! まあ当然ですが、タダでさえ熱帯夜の暑さに加えてローソク10本分の火力は侮れなかった! 汗をダラダラ流しながらもなんとか決算書類が完
0
2 件中 1 - 2