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【雑記】他人について

ココナラでご活躍中のセラピスト、ヒデさんという方のブログが非常に共感でき、よく読んでいます。たとえばこちらですが、まさにそのとおりで、とくにわたしはネガティブな意味も含めて「他人は変えられない」と考えています。人それぞれだから、などと考えると生きづらくなりますね~。実存主義に端を発する、わたしらしさ、あなたらしさ、というやつです。ネットでもこういった文言が踊っております。言ってしまうと、わたしらしさ、というのは、ある人間が頭をひねって生み出した概念ですので、そもそも自然界に存在しないんですね。なので、若い人はとくにですが、ないものに対して悩み苦しんでいるわけなのです。でも社会は要請します。自分らしく生きろ、と。みんなが自分らしく、などと考えていれば、他人の変えようなどありませんね。これはここ250年ほどの現象と言えます(悪い意味で)。具体的に言えば、教えを拒む。これはわたしらしくない、おれはちがうな~、と。ラーメンは塩と醤油と味噌、どれが好き? おれは塩派だな。これもわたしらしさ。でもラーメンの場合、友達や有名人などにオススメされると、試しに食べてみて、塩ラーメン派になったりしますよね。というより逆に、そういう教え(オススメ)をみんなが熱烈に望んでいる。自分らしく生きたいと他人の言に耳を貸さないのに、一方では他人にどうすればいいんですか、なにがおいしいんですか、と問う。やはり人間は元来、同じものとしてつながりたいという欲求を持っていて、この世知辛い現在、それが先のラーメンなどにあらわれているんですね。小さな欲求の発露。だからネガティブな意味でも、他人は変えられない。黒か白かでは
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「空」と「実存主義」ふたつの哲学が教えてくれること

最近、仏教の「空(くう)」と、サルトルの「実存は本質に先立つ」という言葉について考える時間がありました。まったく違う世界のようでいて、どちらも“私たちの未来は決まっていない”という、とても大切なメッセージを持っています。✦ 仏教の「空」:未来には“余白”がある「空」とは、“すべては固定されず、関係性の中で変化し続ける”という考え方です。人も、感情も、未来も、ひとつの形に固まっているわけではありません。そこには、いつでも書き換えられる“余白”がある。私はこの余白を「可能性そのもの」だと感じています。✦ サルトルの実存主義:本質はあなたが選ぶサルトルは「人は生まれた瞬間に決まった本質を持つのではなく、選択によって自分をつくっていく」  と言いました。「私はこういう人間だから」「私はこういう恋愛しかできない」そう思い込んでしまうことは、実は“本質”ではなく、ただの思い込みかもしれません。✦ でも、選択は“過去の記憶”に縛られてしまう未来は自由で、可能性は無限。しかし、それでも私たちは、その自由をそのまま使えないことがあります。なぜなら、選択や行動は、過去の記憶や体験に静かに制限されてしまうから。・幼い頃の寂しさ・誰かの何気ない一言・うまくいかなかった恋・「どうせ私なんて」という思いこうした記憶が、未来の選択肢を狭めてしまうことがあります。✦ 過去を癒すことは、未来の可能性を広げることだからこそ、過去を癒すことは“未来を変えるため”にあります。心の中に固まっていた思い込みがほどけていくと、「私はもっと自由だったんだ」という感覚が戻ってきます。カウンセリングやセッション、セラピーは、未来
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教養としての近代思想⑪:生の哲学と実存主義

ショーペンハウアー:生存への非合理的(盲目的)意志が世界の根源であるとし、ニーチェらに影響を与えました。 盲目的意志:生存への不合理な意志のこと。ショーペンハウアーは、苦悩からの脱却にはこの意志を否定しなければならないとしました。 ベルクソン:フランスの哲学者。創造的な生命の流れ(生の躍動)を根源的な実在とする「生の哲学」を説きました。 生の躍動(エラン・ヴィタール):ベルクソンは、創造的な生命の流れは自己防衛の本能に基づく閉鎖的な社会から普遍的な人類愛に基づく社会へと人間を向かわせ、その転換は人類愛を備えた人物の創造的行為によって成し遂げられるとしました。 創造的進化:他の社会に対して排他的な閉じた社会から、普遍的な人類愛に基づく開いた社会へと創造的進化を図るためには、人類愛を実践する開かれた魂を持たなければならないとしました。 キルケゴール:デンマークの有神論的実存主義の先駆者。真の信仰を問う視点から、人間は神の前の単独者として存在しているという事実を見据えるべきとし、平均化・画一化した当時の社会の中で人々が本来の自己のあり方を見失い、欺瞞的に生きていると批判しました。 単独者:産業革命後、機械の歯車のようになって大衆の中に埋没する人々を批判し、神の前にただ単独者となる時、人は本来の自己を取り戻す(宗教的実存)と説きました。 実存の三段階(実存の質的弁証法):世界のあり方を説明する従来の哲学に対し、主体的真理を求めることが重要だと考え、人間が現実に生きている主体的な自己のあり方である実存に至る段階を美的実存・倫理的実存・宗教的実存として示しました。 美的実存:「あれも、これ
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