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助けてほしいときは、「助けて」ということが大切

ご覧いただきありがとうございます。海野ゆきです。誰かに助けてほしい時ってありますよね。一人ではどうしようもできない(:_;)その時どうしますか?私は助けてほしい、こういうことに困っているということを言うようにしています。助けてというと必ず誰か助けてくれる人が見つかります。助けてくれる人(病院)が見つかった2つのエピソードを書きます。それと見つけられなかったことも書きます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・①母の入院先が見つからなかったとき昨年3月母は誤嚥性肺炎が重症化し気管切開をしました。そのあとの転院先をどうするかとても悩みました。いろんな病院があります。病院によって細かなところで対応が違うんです。私は胃ろうの注入など工夫してくれる病院を探していたのですが、なかなか見つかりませんでした。胃ろうは母の寿命を左右します。そのため必死に探していました。病院の主治医、入院先のソーシャルワーカー、ケアマネ、近所の人、入院のため相談した病院の相談員などたくさんの方に相談しました。涙を流しながら相談したこともあります。みなさんアドバイスをくださいました。その都度アドバイスされたことを実行しました。そうして、探すうちに素晴らしい病院が見つかったんです!!2ヶ月ぐらいかかりました。関わってくださったみなさまに本当に感謝しました。うれしくて泣きました。②パニック障害で苦しかったとき毎日突然の息苦しさ、動悸、不安感がおそってきました。恐怖の気持ちで日々を過ごしていました。とにかく怖かったです。怖くて怖くてたまらないのです。誰か助けて!という気持ちでした。そんなとき、民間の無料電話サービスを探す
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自分ばかり聞き役になっていると感じたら

人の話を聞くことが嫌いなわけではない。むしろ、困っている人がいたら放っておけなかったり、少しでも楽になってほしいと思ったりする。だから気づけば、いつも聞き役になっている。相手の悩みを聞いて、気持ちを考えて、言葉を選んで返して。話が終わる頃には、相手は少しすっきりしている。でも、自分の中には何かが残っている。「私は、誰に話せばいいんだろう」そんなふうに思うことはありませんか。聞き役になることが多い人は、自分の話をするタイミングを逃しやすいです。相手の方が大変そうだから。今は自分の話をする空気ではないから。こんなことを話しても困らせるだけかもしれないから。そうやって、自分の気持ちを少しずつ後回しにしてしまいます。けれど、聞いている側にも疲れる日はあります。誰かの気持ちを受け止め続けていたら、心の中がいっぱいになることもあります。それは冷たいわけでも、優しさが足りないわけでもありません。ただ、自分の心にも置ける場所が必要なだけです。いつも人の話を聞いている人ほど、自分の話をすることに慣れていないことがあります。何から話せばいいのか分からなかったり、途中で「こんな話をしてごめん」と思ってしまったり。でも本当は、きれいにまとめなくてもいいんです。結論がなくてもいい。同じことを何度話してもいい。自分の中にたまっているものを、少しずつ言葉にしていくだけでも、心は少し呼吸しやすくなります。いつも聞き役になっていると感じたら、たまには自分の気持ちを先にしてもいい。今日は少し疲れた。本当は寂しかった。私だって、聞いてほしかった。そんな気持ちを、自分の中でなかったことにしなくていいんです。今度は、あ
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私が“夫婦喧嘩ジャッジメント”を作った理由

私は過去、モラハラやDVのある夫婦関係の中で長く苦しんできました。怒鳴られる、責められる、話し合いが成立しない。それでも「私にも悪いところがあるのかもしれない」と、いつの間にか自分を責めるようになっていました。今思えば、明らかにおかしい状況だったと思います。でも、二人きりの世界にいると、「自分の感覚が正しいのかどうか」が分からなくなっていくんです。世間では、「夫婦喧嘩に正しい・間違いはない」「白黒つけないほうがいい」そう言われることも多いですし、その考え方があることも理解しています。それでも当時の私は、誰かに慰めてほしいわけでも、味方になってほしいわけでもありませんでした。ただ一つ、「これって、第三者から見たらどうなの?」「私の感覚は、本当におかしいの?」それを、静かに確認したかっただけです。でも、友人や家族には話しづらい。カウンセリングは少し重たい。法律相談をするほどでもない。その“間”にある場所が、どこにもありませんでした。だから私は、感情論ではなく、一方的に寄り添うでもなく、第三者が事実をもとに判断を示すサービスを作ろうと思いました。この「夫婦喧嘩ジャッジメント」は、誰かを断罪するためのものではありません。そして、気持ちに寄り添うことを目的としたものでもありません。・何が問題だったのか・どこが行き過ぎていたのか・どこに妥当性があったのかそれを整理し、判断という形で可視化するためのサービスです。かつての私のように、「自分が悪いのかもしれない」と一人で抱え込んでいる人を、一人でも減らしたい。このブログやサービスが、そのきっかけになればと思っています。
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