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「ラスト・リゾート」を「最後の手段」と訳す、その奥深い理由

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回も、前回に続き、少々込み入った話をしたいと思います。「ラスト・リゾート」という言葉があります。ラストは「最後」という意味で間違いありませんが、リゾートを「行楽地」という意味でとらえてしまうのは間違いです。確かにリゾートには名詞としての「行楽地」という意味もあるのですが、他に動詞として「頼る」という意味もあります。そして「ラスト・リゾート」と言った場合、リゾートは後者の意味として使われます。「最後」に「頼る」もの。だから「ラスト・リゾート」は「最後の手段」と訳すのです。さて、英文法としてはこういうことなのですが、一方で、日本語としての「最後の手段」を表す言葉には、「奥の手」「切り札」というものもあります。では、何故こうした複数の表現が存在するのか。それは「最後の手段」と「奥の手」の、使われる状況を区別するためです。日本語で「最後の手段」と言った場合、それは大抵、万策尽きようとしている状況、つまり、他に取るべき方法がないから、この方法を使うしかない。そういうニュアンスが含まれることが多いです。一方で「奥の手」と言った場合は、状況を好転させる、あるいは有利に進めるための方法という、どちらかといえばポジティブなニュアンスで使われるケースが多いでしょう。そして、英語でも「ラスト・リゾート」はネガティブな意味で使われることが多く、もし、ポジティブな意味、つまり日本語でいうところの「奥の手」の表現をしようとした場合、「エース・イン・ザ・ホール」と言うのが一般的なようです。「エース・イン・ザ・ホール」は、トランプのポーカーゲームに由来する
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わからない。

とうもろこしを描いた。クリスタで一粒を描く。その粒を縦に複製を繰り返し、粒ラインを横に複製して並べる。それを歪みツールや変形ツールで調整してハイライトと影を描きこむ。彩度を濃くして仕上げた。作り上げたが満足感は低い。何か引っかかりを覚える。本来は一粒一粒を描くのが絵を描くということではないのか。素材の色を塗るという工程も彩度調節がメイン化して描いている感覚は薄い。同時にこういう時短テクニックを駆使していくしかないとも思う。そうでないとAI時代のこの流れには恐らく抗えない。大量生産・消費の時代の中でひたすらに実直に描くだけでは厳しい。描写とは何なのか、今もわからない。アプリの便利なデジタルツールを使うのは描写なのか。結果的にとうもろこしが仕上がったのならそれは描写と言えるのか。ならばAIイラストも描写と言えるのかもしれない。ただ人間の頭で描いたり心で描いたものはAIにはできないこと。その領域だけは大切にしたい。今後は絵を描く人は様々な時短のワザを習得していく必要がでてくる。AIツールなるものも出てくるはずだ。本人の意志とは裏腹にそれらを使わねばならなくなるだろう。現代の絵描きはその葛藤を抱きながら突き進んでいくしかないと思う。
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