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私がOL時代に我慢した出来事から学んだ大切な1つのこと

約15年前のことですが、私は、職場でのある出来事を今でも引きずり、心がモヤモヤすることがあります。ある事務処理の完了で、私と上司で終わらせなければいけないものがありました。その処理は、早く完了させないと周囲の仕事に影響する重要なものでした。それが、なんと私は自分のやるべきことを終わらせて、後は上司にお願いしたのですが、その上司は、処理するのをすっかり忘れていたのです。それから、職場のみんなから「どうなってるんだよ!」と、なぜか私が、責められることに(涙)その上司は、私をかばうどころか、私に全ての責任を負わせようと知らんふりをしたのです。「ヒドイ、ひどすぎる・・・」もう悔しいやら、泣きたいやらで。心が激しく揺れ動きました。でも、上司を悪者にするのも角が立つと思い、「大変申し訳ありません」となぜか私が、謝ってしまったんです。そうしたら、「周りから仕事ができない人」「失敗してやらかした人」というふうに、周りから思われ、さらに厳しく私が怒られるはめになりました。当時、理不尽なことで怒られたけど、ぐっとこらえたあの時の出来事。未だに、思い出すと心がズキズキ痛みます。誰かに「実はあの時、上司が忘れていたんです」と、話を聞いてもらい、「そうだったんだね」って認めてくれる人が一人でもいたのなら、私はここまで引きずっていなかったと思います。もう過去のことだから忘れたと思っていても、数年に一度記憶としてよみがえる時があります。あの頃は、まだ若かったこともあり、 他人を悪く言うことに 抵抗があったんですよね。この経験から私は、学んだんです。自分が悪くないことを我慢して自分の責任にすることは、ずっと自
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感情にフタ!我慢からの解放で起きること

「我慢は良くないよ。」「我慢しないでね。」といわれますよね。 我慢って、 自分から湧き上がった感情に無理やりフタをして 「見ないようにしてしまうこと。」「なかったことにしてしまうこと。」今、目の前に起こっている現実は 潜在意識にあるものが投影されているわけで。 その自分に認めてもらえなかった感情は 知らない間にカラダの中に刻まれて 潜在的な意識へと加えられます。 そして現実は潜在意識にあるものが 映し出されたものなので その潜在意識に入った なかったことにされた感情は どっちみち その後の何かしらのタイミングで 現実を通して噴き出されることになります。まるで「ここにいるよ〜!見てよ〜!」と アピールしてくる子どものように。 我慢しないってことは 包み隠さず 全部さらけ出せばいいのか? 怒りが湧いたら怒りのままに 悲しいときは悲しみのままに そうではありません! 笑 その怒りも悲しみも どう見ても相手によって起こされたようにしか見えませんが 実はそうではなく あなたがどこかのタイミングで取り入れた 「怒りや悲しみに繋がるような観念」 によって現実に映し出されているからです。 ここはなかなか納得できない部分かもしれません。 でもだからこそ、たとえ相手にさらけ出したことでわかってもらえたとして その場は解決したように展開したとしても その観念を持っている限り また別の場所、別の人、もしくは同じ人との間で 似たような感情を味わされることが起こり続けてしまうのです。 「え?全然分かってないじゃん!」とか 「何でそんなこと言われなきゃいけないの?」 と言いたくなるようなことが。 そういった
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