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(47日目)見えてるものが違うから。

一昨日はヤクザのお兄さんとの交流について書き、昨日はフザけたタイトルで書きました。最近、自分が見えなくなってきました。真面目で、ストイックで男気に溢れた私はどこに行ったのでしょう?自分のブログを見返すほどにフザケていて男気のかけらもないけど愛に溢れたキュートな自分しか見えません。そんな私は愛と言う名の”いいね”を求めています。さぁ、🧡ください。☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆昨日は「怒りのコントロール」についてツラツラと書いた。この”ツラツラ”という言葉、意外と好き。さておき、自分と異なる思考を持った人と話すと『なぜこうも噛み合わないのか?』とギモンに思う。みんなも思うよね?思うって言って!じゃないと、泣いちゃうから😭気を取り直して。話が合わないのはもちろん「思考(考え方)の違い」が大きいことは言うまでもない。ただ、この考え方の違いはなにから生まれるのだろう?それは「見ているものがちがう」からだと思う。<例:会社でのできごと>以前、会社の求人DMを作る過程について話題にしたことあるけど。私は「無駄を省くこと」が関わる人間にとって最適解だと思ってる。だから、全体の課題を洗い出して無駄を省くプロセスを考えて最適な状態に持っていこうとした。しかし、その作業リーダーであるパイセンは違った。自分が作業をしていることに無駄が存在していることに気づいてなかった。なぜなら、そのパイセンにとっては「(既存のやり方で)納期に間に合わせる」ことが大切だったわけだから。だから、その目的達成のために人も集めるし、作業準備もしてくれるし、ときには残業してでも必死で間に合わせていた。その姿を見て『
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中小企業経営のための情報発信ブログ467:トップダウン型組織とイノベーション

今日もブログをご覧いただきありがとうございます。古い話になりますが、2000年代初頭小泉純一郎元首相の「小泉旋風」が吹き荒れていた頃、「強いリーダーシップ」と「トップダウン型の改革」がもてはやされたが、小泉旋風後に見えてきたものは、責任を取らずに消えてしまったリーダーと大失敗に終わった数々のプロジェクト、失われたのは時間と金でした。こうしたところから見ると、イノベーションに必要なのは、「ボトムアップ型の意見集約」と「責任を取るリーダーの存在」ではないかとも思えてきます。ボトムアップ型とは、意思決定が下位の管理層から下意上達の方向に向かうスタイルのことで、部下から問題提起や解決方法の模索がなされ、トップがその提案を受け入れそれを承認するという形態がとられます。このスタイルの場合、アイデアを採用された部下は意気に感じ何としても成功させよう、リーダーが責任を取らされてはいけないと自然と意欲がわきます。これに対し、トップダウン型では、部下の方から上のアイデアを批判するなどたてつくことができず、押し付けられた感が強く意欲がわかないのです。プロジェクトが終了する頃にはリーダーはすでに転勤していてだれも責任を取る者がいないという状況になります。 ボトムアップ型でリーダーが責任を持つ体制であれば、リーダーも「提案した部下に責任を取らせてなるものか」と責任感が強まり、部下の方でも「リーダーに恥をかかせてなるものか」と当事者意識が高まり、リーダーと部下との一体感が生まれるのです。 日本において小泉旋風以来、「リーダーシップ」と「トップダウン型」が大流行した結果、組織を停滞させてしまいイノベーション
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トップダウンという人類の認知に合致しない組織図

※注 あくまで個人的考察ですので、緩くお考え下さい。トップダウンという人類の認知に合致しない組織図は、 その構造自体よりも、運用する側のOSの非互換によって破綻する。トップダウンは本来、抽象階層の構造である人類の標準OSはボトムアップで、抽象階層を持たないそのため、トップダウンは“理解される前に採用された”組織図は抽象の代用品として上下モデルに置換された運用は常にボトムアップOS側で破綻する原因は構造ではなく、認知OSの非互換にあるトップダウンは権力構造ではなく、本来は認知構造であるその結果、組織図は形だけ残り、機能は失われる人の認知思考が積み上げ式の「ボトムアップ」に対し、 それを管理する側の組織図は「トップダウン」。あくまで私見であるが、野生動物の群れの模倣、トップダウンの起源もおそらくそこに宗教、軍事をはじめとした神を絶対とした上下の二項対立から生み出されたもので、命令の伝播速度を上げるための**「物理的な配線」**として落とし込まれたものに過ぎない。**「抽象思考の欠如を補うための、単なる高効率な配線」**として読み替えると、非常に筋が通りやすくなる。なので、トップダウンは(高度な)トップダウン思考が生み出したものではないと推察する。悲劇のズレは、トップダウン思考の本質を理解しない「ボトムアップ思考」が居座ることによる、OSの非互換によるものである。ちなみに本来のトップダウン構造は、基本**「包含構造」**であると考える。その包含を「支配」と読み替えたボトムアップ思考がもたらした悲劇が、歴史の繰り返しである――と推察する。
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思考の癖 象限図

※注 あくまで個人的考察ですので、緩くお考え下さい。
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トップダウンとボトムアップ

みなさんこんにちは。こやのぶです。よくうちの会社はトップダウンからボトムアップに変えたとか、この横文字を聞くことがあります。どちらのタイプでも成功する会社は成功するし、落ちていく会社もあります。大きくした会社ほど、トップダウン型の方が、私の周りでは多いです。このブログを書くにあたり、ネットで調べたら、参考になるような資料、データがたくさん出ていました。今回は、私の実体験をもとに、トップダウンとボトムアップのそれぞれの長短所を書いてみたいと思います。・先ずは、私が家業に戻った時は、完全なトップダウンでした。社長も現場に入り、指揮していました。現場の効率もよく分かっているし、社長が動いていれば、誰もがその指示通り動くという感じでした。しかし、あの規模で、その形は間違っていると思います。当時は、従業員数が120名程度、会社創業以来、一番多い時期だったと思います。また、全員が同じ場所で見渡せる形であれば、現場にいても良いかもしれませんが、何か所が倉庫があり、それぞれ課題もありました。今日は何が入ってきて、何が出荷する、それに社長自身が振り回されていれば、他のところで起きている問題など、後回しになります。一つの部署だけは、きちっと回るけども、他がダメという形になっていました。・私は、社長を継いだ時は、ボトムアップにせざるを得ませんでした。そもそも古参社員も多く、私も入社して4年で社長になったので、分かっていない部分も多かったためです。その結果、良い面としては、各部門が自分たちで動くようになったこと、悪い面はリーダーの個性が出過ぎるところ、リーダーとして適格者ではないところは、部署としてガ
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