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「大怪獣のあとしまつ」分析。

ライトノベル作家・専門学校現役講師のひびき遊です。この年末に、Amazon Prime Videoにてあの問題作『大怪獣のあとしまつ』がプライム公開されましたね!みなさん、もう観ました?私は何かと再三、SNSでつぶやいているとおり……映画館に足を運んだクチなので、もう二度と観ません!!wしかし「分析」するにはかっこうの素材なので、そうした視点から少し解説しましょうか。というのも最近、小説の文章における「視点」について、「神視点ではダメなのですか?」という意見をいただきまして。――ああ、神視点というのはいわゆる「映像媒体の脚本」のような書き方をして、キャラクターを「外側から常に見る」描写のことですが。正直……私は、オススメしません。小説の文章は、外側からただ「動き」だけを書くのではなく、キャラの「内面」を通した描写になるはずだからです。確かに、神視点で書かれた小説もあります。ただ、その場合は「別に小説でなくてもよいのでは?」と、私なんかは思ってしまいます。「文字しかない」媒体を活かす書き方――そのテクニックが「キャラクターの視点を意識した文章」ということですね。……前置きが長くなりました。では、その話が『大怪獣のあとしまつ』に、どう絡むのかと言いますと。「ああ、この邦画は……つまり、キャラの内面を一切考慮せず、外側からだけで描写した作品なのか!」ということでした。いや、映画なんだからまあ、「外側からしか撮れない」のですが……それにしても「大勢のキャラクターたちが、いったい何を考えて、どう反応しているか」が、ぜんぜんわからないんですよ……!以下、少しネタバレになります。未視聴の方は
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