サイキック能力が欲しい…
俺はサイキック能力を開発するために修行した。
昔、とある坊さんが「修行の中でも苦行は無意味」と言っていたらしい。
苦行は本当に無意味なのだろうか?
「苦行は無意味」と答えを出した人は、修行や鍛錬の意味や意義を取り違えて、単純に体調や精神を崩した人ではないかと俺は考えている。
スポーツに似ていて、人間は、適度に修行し、鍛錬することで、その人は普通の人より能力を持ち、強くなるのだ。
俺の場合は即効性を求めた。
即効性や怪力を得る修行はどちらかというと「苦行系」だ。
俺は毎日「キツイ」「ややキツイ」と思える修行を選ぶ。
修行を日課する俺としても「苦行ほど効いている」ような気がする。
俺は修行と苦行をしていった。
そして俺はある時期から感覚のどこかが変化してきているのに気がついた。
何かが違うのである。
修行者は知っている。
特定の感覚に自分を傾けると、特定の感覚器が開発されるということを。
人間は人間を超えると人間以上の力を手に入れることができるのだ。
だが、自分はどの方向に傾いていて、どの感覚が感化されるのかはよくわからない。
ただ、なんとなくわかるのは、自分の身体能力に変化が出てきているということだ。
「起きやがれ!」
…うたた寝してたら、声がした。
腹の上にモフモフしたあたたかい塊の圧力を感じた。
飼い猫のトラだ。
時計をみると8時20分。
おっといけない。
トラに朝の餌をやるのを忘れていた。
俺は時間の配分を決めていて、トラの食事の時間も決めているのだ。
トラの食事の時間は8時と20時の2食。
修行者というのは、大概ルーティーンがあり、時間に対して決め事をし、形をキッチリ守るものだ。
8時20分は瞑想の時間だ。
時間がズレると不吉な予感がする。
時間が時間通りでないと、どこか調子が狂うような気がする。
トラに食事を用意する。
今日のトラの餌はカリカリだ。
皿7分目までカリカリを盛りつける。
俺はカリカリを盛った皿を持ち、部屋に戻った。
そして、トラの前に皿を置き「待て」と言った。
トラは皿の前で静止した。
待てと言って30秒が経過した。
俺はトラに「お手」と言った。
トラは「お手」をした。
餌の前に「待て」とか「お手」をさせるのは犬と主人の関係のようだと思うだろう。
猫の前でそんなことをしている人はほとんどいないと思う。
だが、猫でも教え込めば「待て」や「お手」を理解するのだ。
主人である俺は修行者だ。
自分も修行するし、猫にも修行させるのだ。
と、そのとき…
「たまにはマグロ缶食べたいなぁ」
え…
今、声が聞こえた気がする。
正確には、声が聞こえたというか感覚が入ってきたというか。
そんな感じだ。
「ちゅーる食いてーなー」
まさか、まさか…トラの思考が入ってきているのか?
気のせいか…
う…ん…
カリカリを食べているトラの皿を取り上げてみた。
「はぁ?!オイ!何しやがる!」
…やっぱり、そうだ。
自分の感覚に入って来る声はトラの思考・感情だ。
「返せ!返せ!俺のメシだ!」
ふーん…そうか。
強い感情は浸透していくのかもしれない。
今日は、なんだかいつもと違うのだ…
寝坊することもない俺が寝坊し、いつもと調子が違うんだ。
調子が狂った状態では、また違う感覚が開花されるということは、修行者はなんとなく知っているものだ…
きっと今日は違う感覚の日なのだ。
「俺のメシ返せ!」
トラの思考・感情が入って来る。
トラは皿を返してもらってほしいらしい。
だが、俺は皿を取り上げたままだった。
俺は意地悪になってしまっていた。
なぜなら、この現象をもっと実験したいと考えてしまったからなのだ。
トラはこの事態に腹立てていた。
「どういうつもりだ?メシ返せ!なぜ、取り上げる?お手したらいいのか?…なら、お手だ!お手!お手!お手!!!」
トラは俺に、お手か猫パンチかわからないお手を連発してきた。
お手をし続けるトラを見ていると、さすがに可愛そうになってきた。
ふと、この光景から脳裏に、過去行ったストリップ劇場のお姉ちゃんが出てきた。
彼女は仕事だからなのか、チップ欲しさだからなのか、服を一枚ずつ脱ぐのだ。
俺は義務なのか、裸体が観たいからなのだか、どちらかわからないが、彼女が1枚服を脱ぐと、俺は彼女のTバックに千円札を挟んだ…
いや、俺がTバックに千円を挟んだから、彼女が服を脱いだのか?
どっちが先だったのだろう。
だが、どっちが先でも結果は同じにすべき。
彼女が10枚服を脱いだら、俺は10枚千円を挟む。
世の中にはセコイ人間とズルイ人間がいる。
そして、セコイ人間とズルな人間はフェアに動かない。
フェアに動かないせこい人間は、彼女に先に服を脱がせる。
それからが自分の番で、彼女のTバックに千円を挟む。
そして次もまた、同じ要領で彼女が先に服を脱いで、自分の番で彼女のTバックに千円を挟む。
そして、セコイ人間とズルな人間は、彼女が全部脱いだところで最後のチップを挟むのを忘れるのだ…もしくは意図的に挟み忘れることにして1枚ケチるのだ。
また、世の中にはセコイ人間とズルな人間以外に「いい人に見える人間」もいる。
彼女に先に服を脱がせ、千円を挟み、全部脱いだところで最後に万札のチップを挟む人間だ。
これは、ズルイ人間に見えないいい人に見える人間だ。
そういうことをする人間は「今以外、このこと以外に目的を持つ裏のある人間」だ。
芸を見せ合うあうには、お互いの信頼関係が必要なのだ。
俺が財布から札を抜くと同時に、彼女が服を脱ぐ。
あの餅つき夫婦のような阿吽の呼吸。
彼女は服を脱ぐという芸を披露し、俺は財布から札を抜きTバックに挟むという芸を披露する。
彼女も俺も一体、誰にこの芸を教えてもらったのかわからない。
だが、あの日、あの時、お互いの最後の1枚がキマッたときのあの清々しさといったら…!
今回は俺の意地悪な実験により、トラに、お手みたいな猫パンチみたいな芸みたいなことをさせてしてしまったのだ。
修行者は「均衡バランスが大事」という事を熟知している。
俺はトラに対して「お手みたいな猫パンチみたいな芸みたいなことの借りを返す」という義務が発生したことを悟った。
俺は棚からマグロ缶を取り出した。
そして、トラにマグロ缶を与えることにした。
「え?!マグロ缶じゃん!ラッキー!」
トラはガッついた。
ガッついているトラを見ながら。
「それにしても、お前、言葉使いも人使いも荒いなー」と言った。
トラは俺の言葉をどこまで理解しているのかわからない。
もしかしたら、トラの思考は、俺に入ってくると俺の言葉で変換されてしまうのかもしれない。
俺の思考・感情が雑だから、そういう言葉や印象として受け取るのかもしれない。
…しかし、今日、
…この調子で外を出歩いたらどうなるのだろうか?
そこにいる、その人の考えている思考や感情が飛び込んできたら?
いつもと違う今日。
この感覚を持って「家でじっと過ごす」か「積極的に出回る」か。
しかし、今日は普通に会社へ10時出社なのだ。
もしかしたら、これほどの苦行もなかなか無いのかもしれない。