ASD当事者として、人との距離感や誠実さの扱われ方で悩んできた経験を
自分の言葉でまとめています。
団長という一人称は、性別を限定したくないために使っています。
専門家としての助言ではなく、あくまで体験から感じたことを書いています。
友達にも、家族にも、傷ついてほしくはない。
自分がアスペだとわかってからは、特に気をつけてきた。
そして何より誠実で対等な関係でいたかった。
でも、段々見下されていくのか、雑になっていく。
どうしてだろう?と、最近まで思っていた。
節目の挨拶や、誕生日などのお祝い。欠かしたことは無い。
旅行の時のプランや手続きだって、団長がほぼ全部やってた。
そこで何かをケチったとか、日常で依存するとかそういう事もしない。
負担をかけたくないから、そもそも相談をしない。
でも、とある友達2人との関係では、雑さがあからさまになっていく。
まずわかったのは、誕生日プレゼントだった。
団長は2人にそれぞれプレゼントを渡していた。
でも2人はいつからか、団長へのプレゼントを折半するようになった。
けれど、それぞれへのプレゼントは単独で贈り合う。
どちらからも1度も、
「今回は一緒に出さない?」なんて言われたことは無い。
ただ、財布事情が厳しかったとかなら、そう言ってほしかった。
友達の財政を圧迫してまで、プレゼントなんて欲しくはない。
「東京駅のムーミンショップに寄るから、何かいる?」と聞かれて、
頼んだ1,000円ぐらいのものが、そのまま誕プレになった時もあった。
LINEの返信も、4日以上経ってから返ってくる。
こちらが、相手の都合を聞いている時でもだ。
「今忙しいから、後で返すね」のスタンプすらない。
それは世間では「普通」なんだろうか?と思いながら、
ただひたすら、機嫌を損ねたのかを気にして待っていた。
おそらく、こうなるのには理由がある。
まずは最初は、この人は裏表が無いと安心するんだろう。
でも、その安心が、甘えに変わるときが来る。
多少のことをしても、コイツは怒らないだろう、と。
だから、雑になる。
もちろん、悪いのは友達だけじゃない。
指摘できなかった、怒れなかった団長も悪い。
きっと遠慮しているつもりで、ご機嫌伺いをしてしまっていたのだ。
それが相手に伝わったので、無意識に見下されたのかもしれない。
「友達でいたい、対等でいたい」
そんなことを願いながらもどこかで、
「離れられるのが怖い、一人になるのは嫌だ」
「この程度で関係が続けられるなら、飲み込もう」
そう、思っていたのかもしれない。
だから団長は、境界線を引き直してみた。
こちらからは、もう連絡をしない。
誕生日の連絡も、惰性ならもうやめる。
2人の優先度を、自分の中で「知人」に下げてみる。
寂しいは、寂しかった。
悲しいは、悲しかった。
でも、正直に言うと少しホッとしてる自分もいた。
これで、自分を低く扱われるのを許容せずに済む。
生活のステージが変われば、離れざるを得ない友達もいる。
どれだけ最初は仲が良かったとしても、一生ものじゃない。
今、同じ事で悩んでいる人がもし居たら伝えたい。
関係性が歪なら、それを見直すのは悪いことじゃない。
自分が軽く扱われているなら、怒れるのは当然だし悲しんで良い。
わざわざ喧嘩をしなくても、そっと距離を置けばいい。
団長は、誠実で丁寧な人の優しさは、特上の砂糖のようなものかと思う。
沢山与えすぎると、相手がそれに慣れて糖尿病になるまで砂糖を欲しがる。
だから、少し冷たいと思うぐらいでも十分なのかもしれない。
相手を砂糖漬けにしないように。自分をすり減らさないために。