ASD当事者として感じてきたことを、団長という一人称で書いています。
性別を限定したくないため、この呼び方を使っています。
とある日、主治医に相談をした。
「周りに溶け込めるように頑張っているが、上手くできない」と。
そしたら主治医はかんらかんらと笑って、こう言ってくれた。
「団長さん、僕らはMacなんだよ。Windowsになる必要は無いよ。」
「MacにはMacにしかできないことがある」
例え世界の中では少数派でも、似たタイプに出会えなくて孤独でも、
それでもMacに生まれた意味はある。意味は、自分で作れる。
今必死になってカモフラージュをして、生きてる人達もいるだろう。
自分自身がわけもわからないまま、孤独の淵に沈んでる人も多いだろう。
アスペの人の記事を読んでも、いまいちピンとこない人もいるだろう。
そういう場合団長は、Macの型番違いなんだと思うことにしている。
全然別の機種じゃない。ただの時期違い、アップデート次第。
詳しくどう脳の働きが違うのかは、
人によるので合う専門書や主治医を探してほしいけど、
団長の救われた言葉はこれだった。
もう無理しなくていいんだと思えたよ。