ASD当事者として感じてきたことを、団長という一人称で書いています。
性別を限定したくないため、この呼び方を使っています。
アスペってさ、これ一番誤解されてると思うんだよね。
そりゃあ人それぞれ得意不得意はあるし、
団長もパッと見ただけでは人の顔は覚えられないよ。
15分くらい話してた相手でも、似たような顔の人が居ると間違える。
理由は視覚優位で他の物も視えすぎるから、なんだよ。
例えばじゃあ、健常者の人の目の前に、
無表情のおそ松さん(6つ子)を全員並べて、
ミラーボールで部屋を照らして、
ついでに紙吹雪も降らせてみよう。
どう?
余計な物が多すぎて、表情だけに集中できる?
これは大袈裟な例えだけど、起きてる現象は一緒なんだよ。
可視化しただけ。
じゃあどこで気持ちを「察する/読む」かというと、経験です。
それぞれが生きてきて、相手と接しているうちに、
思い出からデータを引っ張り出してきて、それで判断している。
「この喋り方の時は機嫌良かったな」
「この時は怒ってたな」
少なくとも団長はね?
こうしてます無意識のうちに。
この感覚が過敏になりすぎて、人と相対するのが怖い人も居る。
会話をスムーズにしながら+脳から正しい回顧録を出す、という
頭をフル回転して使うから、疲れ果てちゃう人も多いんだよ。
そりゃ人間関係や雑談が苦手にもなるよねって話だよ。
自分は、あるいはうちの子は、
アスペだから人の気持ちが理解できないんだ!という
心に悪影響で悲しい思い込みはどうぞ捨ててくれ。
それは古い学説のレッテルだよ。
もし今本当にわからなかったとしても、それは多分データ不足なだけで、
その人が悪いわけじゃない。ずっとそのまんまなわけでもない。
ちゃんと人生経験を積めば、自分の記憶が助けてくれる日が来る。
まぁ、それまでが七転八倒で、大変ではあるけどね。
何度転んでも、自分らしく歩いてやろうじゃないか。
モデルじゃあるまいし、正しい人生の歩き方なんてないよ。
その人らしさが一番大切にされるべきだと、団長は思うな。