⑥「好き」と「嫌い」は、ちゃんと自分だった

⑥「好き」と「嫌い」は、ちゃんと自分だった

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コラム


「自分が何をしたいのかわからない」

そう思っていた頃、
私はもっと大きな答えを探していた気がします。

「本当の自分は何がしたいんだろう?」

「自分に向いていることは何だろう?」

「これから何をしていけばいいんだろう?」

そんなことを考えていました。

でも、今思うと、

もっと簡単なところに
自分は出ていたんですよね。

「これ、好き」

「これは嫌」

それだけ。

🤣

でも、当時はそれすら
そのまま受け取っていなかった気がします。

「好きだけど、こっちのほうがいいよね」

「嫌だけど、みんなやってるし」

「苦手だけど、できるようになったほうがいい」

そんなふうに、

好き・嫌いを感じても、
その後に必ず「正しいかどうか」を入れていた。

例えば、

好きなものがあっても、

「これって何の役に立つんだろう?」

と考える。

やりたくないことがあっても、

「でも、やったほうがいいよね」

と考える。

そうすると、

「好き」や「嫌い」が、
いつの間にか判断材料ではなくなっていく。

感じてはいる。

でも、採用しない🤣

そんな感じでした。

水彩画を描いていても、

「この色、好き」

と思うことがあります。

理由なんてない。

ただ、

「この青、好きだな」

と思う。

逆に、

「この色は、なんか違う」

と思うこともある。

以前だったら、

「なんで?」

と理由を探していたと思います。

でも今は、

「好きなんだから、好きでいいじゃん🤣」

と思えるようになりました。

もちろん、

「好きだから絶対やる」

「嫌いだから絶対やらない」

という単純な話でもありません。

嫌だけど必要なこともあるし、
怖いけどやってみたいこともある。

好きだけど、今の自分には合わないことだってある。

だから、

好き・嫌い=そのまま行動の答え

ではないんですよね。

でも、

「私は今、こう感じている」

という情報ではある。

そう考えると、

「自分を知る」って
そんなに難しいことじゃないのかもしれません。

大きな夢を見つけなくてもいい。

人生の目的を決めなくてもいい。

まず、

「これは好き」

「これは嫌」

「これはなんとなく惹かれる」

「これは、なんか違う」

そこから始めてもいい。

そして面白いのが、

好きなものって、
理由を探さなくても残っていたりするんですよね。

子どもの頃に好きだったものを思い出すと、

「あ、今もこれ好きだ🤣」

となることがある。

でも、

好きだったものが変わることもある。

昔は好きだったけど、
今はあまり惹かれない。

それも、それでいい。

「昔の私が好きだったから、今も好きでいなきゃ」

なんてこともない。

今の自分がどう感じるか。

それを見ていけばいい。

以前の私は、

「自分を見つける」

ために、何か特別な答えを探していたのかもしれません。

でも今は、

自分は、すでにいろんなところに出ている

と思っています。

好きな色。

嫌いな音。

心地いい場所。

なんとなく惹かれるもの。

逆に、理由は説明できないけど避けたくなるもの。

そういう小さな反応の中にも、
ちゃんと自分がいる。

だから今は、

「私は何者なんだろう?」

と考え続けるより、

「私は、これをどう感じてる?」

を見てみる。

好きなら、好き。

嫌なら、嫌。

わからなければ、わからない。

それでもいい。

もしかしたら、

「自分を見つける」って、
新しい自分を作ることじゃなくて、
すでにある自分の反応を、ひとつずつ拾っていくことなのかもしれません。 🌿✨
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