みんなヘンテコで、みんな愛おしい。 ーウェス・アンダーソン×傾聴の話

みんなヘンテコで、みんな愛おしい。 ーウェス・アンダーソン×傾聴の話

記事
コラム
こんばんは、原田です。


昨日は
チャットレディの稼働をしてたら
急遽メンテナンスになって

ココナラで待機しようとしたら
ココナラにもインできませんでした。


なんだかさみしかったです。


あと
ネット依存してるんだなーと
しみじみ感じました。


そんなわけで今日は

大好きな
ウェス・アンダーソン監督の映画と

私の仕事である
「傾聴」のお話をさせてください。



ヘンテコなのに、なぜか嫌いになれない人たち


ウェス・アンダーソン監督の作品を観ていると
とても不思議な気持ちになります。


出てくる人たちは、だいたい変です。

こだわりが強すぎたり
言うことが突拍子もなかったり

感情の出し方が
びっくりするほど不器用だったり。


それなのに、観終わるころには
その人たちのことが
なぜか愛おしくなっているんです。



「グランド・ブダペスト・ホテル」
「フレンチ・ディスパッチ」
「ザ・フェニキアン・スキーム」


最近観たこの3作品もそうでした。

シュールで、ヘンテコで
思わず「なにこれ(笑)」と笑ってしまう。


でもその中に
ふっと核心を突いてくる瞬間があるんですよね。


笑っていたはずなのに
「あ、この人、本当は寂しいんだな」
と気づいてしまう。

あの感じが
私はたまらなく好きです。



たとえば
「グランド・ブダペスト・ホテル」のコンシェルジュは

気取り屋で
見栄っ張りで
ちょっと滑稽です。


でも周りの人たちは
そんな彼を
どこか憎めない存在として受け入れています。


「ザ・フェニキアン・スキーム」の大富豪と娘の
ぎこちない距離感もそうでした。

うまく言葉にできないまま
それでも一緒にいる。


その不器用さが
なんとも愛おしいんです。



きれいに整えられた世界だからこそ、見える本音


ウェス作品といえば

左右対称の構図
パステルカラーの色づかい
どこか作り物めいたセット。


「ライフ・アクアティック」の
船を輪切りにしたようなセットや


「アステロイド・シティ」の
箱庭みたいな街を観ていると

まるで
ドールハウスをのぞいているような気分になります。


あれだけきっちり整えられた世界なのに

そこにいる人たちの心は
ぜんぜん整っていません。



「ムーンライズ・キングダム」の
子どもたちも、大人たちも

みんなどこか不器用で
気持ちをうまく言葉にできない。


整った世界の中にいると
整っていない部分が
かえって際立つんです。


これって
人の心にもよく似ているなと思います。


きちんとして見える人ほど

心の中では
あれこれ揺れていたりします。


ちゃんとしなきゃ、と思うほど
本音は奥のほうにしまい込まれていく。


作り物っぽい世界の中で
いちばん「本物」に見えるのは

登場人物たちの整っていない気持ち。

そんな逆転が起きるところも
ウェス作品の面白さだと思います。



群像劇の中では、誰も「正される」ことがない


もうひとつの魅力は
いろんな人が
次々に出てくる群像劇のところです。


「フレンチ・ディスパッチ」は

雑誌の記事ごとに
いろんな人の物語が語られていく作りでした。


主役がいて
脇役がいて

さらに
その周りにも個性的な人がいる。


誰か一人が
「普通の人」として正解を示すわけではなく

みんながそれぞれのヘンテコさを抱えたまま
同じ画面の中にいます。


監督は

その人たちを直したり
裁いたり

「こうしなさい」と導いたりしません。


ただ
そのまま画面に置いておく。


その姿勢が
私にはとても優しく感じられるんです。



傾聴も、「そのまま置いておく」仕事だと思う


私は普段
電話やチャットで
いろんな方のお話を聴いています。


相談に来てくださる方は
本当にさまざまです。


そして
ほとんどの方が
話し始める前に少しだけ身構えています。


「こんなこと言ったら、変に思われるかな」
「くだらないって思われそうだけど……」
「人に言えるような話じゃないんだけど……」


そうやって
前置きをしてから話してくださることが
本当に多いんです。


でも私は

その
「変かもしれない部分」にこそ

その人らしさや
本当の気持ちが詰まっていると思っています。



だから
傾聴で大事にしているのは

直さないこと
ジャッジしないこと
整えさせないこと。



ウェス・アンダーソンの映画が

登場人物たちを
そのまま画面に置いておくように

私も
話してくださった気持ちをそのまま受けとめて
そっと置いておく。


それだけで

人は少しずつ
ほっとした顔になっていくんですよね。


雑談みたいな話の中に
ぽろっと本音が出てくることもあります。


映画の中で
シュールな会話が急に核心を突いてくるのと
少し似ています。


だから私は
どんなに脈絡のない話でも
遠回りな話でも

急がずにゆっくり聴くようにしています。



変なままで、話せる場所に


世の中には

「ちゃんとしていること」が
求められる場面がたくさんあります。


仕事でも、家庭でも、人間関係でも。


だからこそ
せめて誰かに話す時間くらいは
整えなくていい場所でありたいなと思っています。


話があちこちに飛んでも大丈夫。

言葉にならない気持ちのままでも大丈夫。


「変だな」と思う自分のことも

そのまま
持ってきてもらって大丈夫です。



ウェス・アンダーソンの映画に
出てくる人たちがみんなヘンテコで
みんな愛おしいように


あなたのその
「ヘンテコさ」も

きっと
誰かにとっては愛おしいものです。



もし今

誰にも言えずに
しまい込んでいる気持ちがあったら

よかったらお話を聴かせてください。


きれいに整えなくて大丈夫。


そのままの形で、お待ちしています(#^^#)



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