ムーンウォークは、前に歩いているように見せながら実際には後ろに滑る不思議なダンスステップとして世界中で知られています。マイケル・ジャクソンによって一躍有名になったこの技は、実は長い歴史を持ち、タップダンスにその起源を見ることができます。この記事では、ムーンウォークの歴史的背景から実践的なやり方まで、あらゆる側面を徹底的に解説します。初心者からダンス愛好家まで、誰もが楽しめる内容となっています
ムーンウォークとは
ムーンウォーク(moonwalk)は、足を交互に滑らせ、前に歩いているように見せながら後ろに滑るストリートダンスの技法です。一見すると重力に逆らっているかのような錯覚を生み出すこの動きは、ダンスの世界で最も有名なダンスムーブの一つとなっています。
実は、一般的に「ムーンウォーク」と呼ばれている動きは、ダンス用語では本来「バックスライド」(backslide)と呼ばれるものです。
ストリートダンスやブレイクダンスのジャンルであるポッピングで広く用いられているこの技は、視覚的なトリックとシンプルな原理に基づいていますが、滑らかに見せるには相当な練習が必要です。
ムーンウォークの歴史と起源
ムーンウォークの歴史は、20世紀前半にまで遡ります。その起源については諸説ありますが、ここでは現存する映像と共に歴史を辿っていこうと思います。
初期の足跡
1930年代、ジャズの伝説的人物キャブ・キャロウェイが「The Buzz」と呼んでいたパフォーマンスは、現在のバックスライド(ムーンウォーク)と同様のものだったと考えられています。しかし、映像として最古のバックスライドは1943年公開の映画『キャビン・イン・ザ・スカイ』で、タップダンサーのビル・ベイリーが披露したものです。
この時代、多くの黒人エンターテイナーたちがこの動きを様々な形で取り入れていましたが、まだ「ムーンウォーク」という名前は付けられていませんでした。
ソウル・トレインとストリートダンスの時代
1970年代から80年代初頭にかけて、ダンサーのジェフリー・ダニエルがダンス音楽テレビ番組『ソウル・トレイン』でバックスライドを披露し、注目を集めました。この時期、ストリートダンスのシーンでは、この動きはすでに広く知られていました。
シャラマーのジェフリー・ダニエルらが『ソウル・トレイン』や『Top Of The Pops』で、またエレクトリック・ブガルーズのポッピン・ピートがトーキング・ヘッズの「Crosseyed And Painless」(1980)のミュージックビデオで、すでにこの技を披露していました。
マイケル・ジャクソンによる革命
ムーンウォークが世界的に知られるようになったのは、マイケル・ジャクソンによるパフォーマンスの影響が決定的でした。マイケルに直接ムーンウォークを教えたのはダンサーのCaszper氏とされています。
マイケル・ジャクソンは前後に動くだけだったバックスライドを発展させ、(ブーガルシュリンプが指導)音楽に合わせてその場で回転するような動作を付け加えました。重力に反するような動きであることから、マイケル・ジャクソンは改良されたバックスライドを「ムーンウォーク」と名付け、ジェフリー・ダニエルを始めストリートダンサーたちも新しい名称を受け入れました。
1983年5月16日放映のモータウン25周年特番『Motown 25: Yesterday, Today, Forever』で、マイケルが「Billie Jean」のパフォーマンス中にムーンウォークを披露したことで、この技は一夜にして世界中に知れ渡ることになりました。
タップダンスとの深い関係
ムーンウォークの起源を探ると、タップダンスとの深い関連性が浮かび上がってきます。実際、最古のバックスライド(ムーンウォーク)の映像を残したビル・ベイリーは、著名なタップダンサーでした。
タップダンスの技術とムーンウォーク
タップダンスは、タップスと呼ばれる金属板を靴底の爪先(ボウル)と踵(ヒール)につけて床を踏み鳴らしながら踊るダンスです。タップダンスの技術の中には、音を立てずに足を床に滑らせる「スライド」と踵で音をならす「ヒール」の動きがあります。
ムーンウォークは、このタップダンスの「スライド」の技術を応用し、発展させたものと考えられています。特に、片足を固定して、もう片方の足を滑らせる動きは、タップダンスの基本技術と共通しています。
余談ですが私は世界的に有名な日本のタップダンサーhidebohさんが経営するHiguchi Dance Studioでタップダンスを習っておりまして、タップの基本であるつま先と踵の重心移動がまさにムーンウォークの基本の動きと全く同じであることに気づきました。
黒人エンターテイメントの伝統
タップダンスとムーンウォークは、ともに黒人エンターテイメントの伝統の中で発展してきました。18世紀から19世紀にかけて、アフリカからの奴隷たちが持ち込んだリズミカルな足の動きと、ヨーロッパからの移民がもたらしたダンススタイルが融合する中で、様々なダンス技術が生まれました。
ニューヨークのスラム街ファイブ・ポインツでは、アイルランドからの移民と黒人奴隷の子孫たちがダンスバトルを行い、ヨーロッパのダンスとアフリカのダンスの融合が進み、タップダンスの発展に貢献しました。この文化的交流の中から、ムーンウォークの原型となる動きも生まれたと考えられています。
マイケル・ジャクソンとムーンウォーク
マイケル・ジャクソンとムーンウォークは切っても切れない関係にあります。彼のパフォーマンスによって、ムーンウォークは単なるダンスステップから世界的な文化現象へと変貌を遂げました。
伝説的なデビュー
マイケル・ジャクソンが初めてムーンウォークを披露したのは、1983年5月のモータウン25周年コンサート(Motown 25: Yesterday, Today, Forever)での、「ビリー・ジーン」の間奏においてでした。黒いスパンコールのジャケット、短めのパンツ、白い靴下、そして片手に白い手袋という象徴的な衣装で登場したマイケルは、ムーンウォークを披露した瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれました。
このパフォーマンスは翌日から世界中のメディアで取り上げられ、ムーンウォークはマイケル・ジャクソンの代名詞となりました。
進化するムーンウォーク
マイケルは初期のバックスライドを単に取り入れただけでなく、それを独自に発展させました。他のストリートダンサーと違ってマイケルのムーンウォークで特筆しているのは上半身の動きです。マイケルは首を前後にアイソレーションをさせたり、投げキッスをしたり、手と足のモーションを同期させたりと、全身を使ってよりダイナミックにムーンウォークをしています。
彼のパフォーマンスは常に進化し続け、ツアーごとに新たな要素が加わっていきました。
文化的影響
マイケル・ジャクソンのムーンウォークは、ダンスの世界を超えて広範な文化的影響を与えました。1980年代には、テレビ番組『超獣戦隊ライブマン』や『魔法のスターマジカルエミ』のオープニングにも取り入れられるなど、日本のポップカルチャーにも影響を与えています。
また、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part3』では、マイケル・J・フォックス演じるマーティが過去の西部のバーでこの動きを行うシーンがあり、ムーンウォークが時代を超えた普遍的なアイコンとなっていることを示しています。(よく聞くとマーティがビリージーンを歌っていますw)