生成AIを使うと、文章を作る時間をかなり短縮できるようになりました。
例えば、
「この内容を報告書にしてください」
「研修資料に入れる文章を作ってください」
「もう少し丁寧な文章にしてください」
と入力すると、短時間できれいな文章が出てきます。
以前なら文章の最初の一文で悩んでいたような場面でも、とりあえず形にしてもらえる。
これはかなり便利です。
私自身も、文章を考えるための補助として生成AIを使うことには大きなメリットがあると思っています。
ただ、出来上がった文章を見ると、
「きれいだけど、なんとなく自分が書いた文章っぽくない」
と感じることがあります。
今回は、AIを使うか使わないかという話ではなく、AIで作った文章を最後にどう確認するかについて考えてみます。
きれいな文章だから、そのまま使えるとは限りません
AIが作った文章は、かなり自然になっています。
誤字も少ない。
文章の流れも整っている。
敬語も使われている。
そのため、一度読んだだけでは、
「これで大丈夫そう」
と思うことがあります。
でも、よく読むと、
「〇〇することが重要です」
「〇〇が求められます」
「〇〇することが大切です」
と、似たような表現が何度も出てくることがあります。
また、
この取り組みは、質の向上において非常に重要な役割を果たします。
と書いてある。
文章としては自然です。
でも、
「具体的に何の質が、どう向上するの?」
と考えると、少し曖昧なことがあります。
文章がきれいに整っていると、内容まで正しいように感じてしまいます。
だからこそ、
「文章として自然か」だけでなく「自分が本当にこの内容を伝えたいのか」
を確認する必要があります。
AIが文章を作ってくれたところを「完成」とするのではなく、そこから自分で確認する時間を残しておきたいところです。
まず確認したいのは「事実」です
文章表現を直す前に、私ならまず内容を確認します。
特に、
数字。
日付。
人名。
制度名。
法律。
専門用語。
研究結果。
引用。
参考文献。
などです。
AIが自然な文章で説明していても、その中に誤った情報が含まれる可能性があります。
例えば、
〇〇制度は2020年に開始されました。
と、とても自然に書かれている。
でも、実際には開始年が違うかもしれません。
文章が不自然なら、
「これ本当かな?」
と疑いやすい。
ところが、きれいな文章で断定されていると、そのまま信じてしまいやすくなります。
特に研究や医療・看護に関する文章では、ここは注意したいところです。
参考文献についても同じです。
AIが示した論文名や著者名を、そのまま参考文献として使うのではなく、実際にその文献が存在するのか、内容が自分の文章を本当に裏付けているのかを確認する必要があります。
AIは文章を作る補助にはなります。
でも、
事実確認まで任せきりにしない。
これは最初に確認しておきたいところです。
「自分ならこの言い方をする?」と読んでみる
内容に問題がなければ、次に文章そのものを見ます。
ここで私が分かりやすいと思うのが、
「自分なら、この言葉を使う?」
と考えることです。
例えば普段、
「必要不可欠です」
という表現をほとんど使わないのに、文章の中に何度も出てくる。
普段はもっと簡単に説明するのに、急に難しい言葉が増えている。
いつもは柔らかく書くのに、一部分だけ妙に断定的になっている。
文章として間違っているわけではありません。
でも、
自分の文章として読むと少し違和感がある。
そんな部分は直してよいと思います。
AIが作った文章を一度すべて捨てて、自分で書き直す必要はありません。
使えるところは使う。
でも、
自分が普段使わない言葉は変える。
長すぎる文章は短くする。
抽象的なところには具体例を入れる。
逆に、説明しすぎているところは削る。
そうやって少しずつ手を入れると、AIが作った文章から自分が伝えたい文章に変わっていきます。
これは文章の上手・下手というより、
「自分がこの文章の書き手になっているか」
という問題だと思います。
具体例を入れると文章が自分のものになりやすい
AIが作った文章を読んで、
「なんとなく一般論っぽい」
と感じることがあります。
例えば、
分かりやすい資料を作成するためには、情報を整理し、読み手を意識することが重要です。
間違ってはいません。
でも、かなり広い話です。
そこで、
例えば、研修資料で1枚のスライドに10項目を詰め込むと、すべて必要な情報でも、受講者にはどこが重要なのか伝わりにくくなることがあります。
と具体例を入れる。
すると、少しイメージしやすくなります。
自分の経験から、
「こういうことがあった」
「こういう資料をよく見る」
「私はこう確認している」
という内容を入れるのもよいと思います。
AIは一般的な文章を作ることは得意です。
一方で、
自分が実際に経験したことや、自分だから説明できる具体例
は、自分で加える必要があります。
ブログでも、研修資料でも、報告書でも、
一般論だけが続くと、
「どこかで読んだような文章」
になりやすい。
そこに自分の具体例や考えを少し加えるだけでも、文章の印象は変わります。
AIに全部書かせないというより、
AIが作った土台に、自分しか持っていない情報を足す
という使い方もできると思います。
最後に「この文章について自分で説明できる?」と考える
AIで文章を作ったあと、最後に確認したいことがあります。
それは、
「この文章について質問されたら、自分で説明できる?」
ということです。
例えば報告書に、
今後は多職種連携を強化する必要がある。
と書いてある。
では、
「なぜ多職種連携が必要なの?」
「具体的に何をするの?」
と聞かれたときに説明できるでしょうか。
研究計画書に、
本研究には臨床的意義があると考える。
と書いてある。
では、
「具体的にどんな意義?」
と聞かれたとき、自分の言葉で答えられるでしょうか。
AIが作った文章をそのまま使っていると、
文章は立派なのに、
書いた本人が内容を説明できない
ということが起こる可能性があります。
特に、
研究計画。
学会発表。
研修資料。
報告書。
など、自分があとから説明する可能性のある文章では大切です。
私は、
「この一文、なぜ書いたの?」
と自分に聞いてみる方法が分かりやすいと思います。
答えられるなら、その文章は自分でも理解できています。
答えに詰まるなら、
その文章は必要なのか。
もう少し具体的にできないか。
そもそも自分が言いたかったことなのか。
を考えてみる。
AIが作った文章を確認するときの、最後のチェックになります。
AIは「書いてもらうもの」だけではなく「一緒に考えるもの」
AIを使った文章作成というと、
「AIに書かせるか、自分で書くか」
という二択で考えがちです。
でも、実際にはもっといろいろな使い方があります。
自分で書いた文章を整理してもらう。
長い文章を短くしてもらう。
言い換え候補を出してもらう。
構成だけ考えてもらう。
分かりにくい部分を指摘してもらう。
自分では思いつかなかった視点を出してもらう。
そこから必要なものだけ自分で選ぶ。
こう考えると、
AIは、
「自分の代わりに文章を書く人」
というより、
「文章を考えるときの補助」
として使うこともできます。
そして、最後に、
事実は合っている?
自分が本当に言いたいこと?
自分ならこの言葉を使う?
具体例を入れられない?
この文章について説明できる?
と確認する。
AIを使ったかどうかより、
最終的な文章について、自分自身が責任を持って確認しているか
の方が大切なのだと思います。
まとめ
生成AIを使えば、文章を短時間で作れるようになりました。
文章が苦手な人にとっても、
最初の一文を作る。
構成を考える。
文章を整える。
といった部分で、とても便利な道具です。
でも、
AIが文章を作った=文章が完成した
とは限りません。
まず事実を確認する。
自分が使わない表現を直す。
同じような言い回しが続いていないか見る。
抽象的なところには具体例を加える。
そして最後に、
「この一文、なぜ書いたの?」
と自分に聞いてみる。
自分で説明できる文章なら、その文章は少しずつ自分のものになっています。
AIを使うこと自体を避けるのではなく、
AIに全部任せるのでもない。
文章を考えるところでは助けてもらい、
最後は自分で読んで、自分の言葉として整える。
生成AIが身近になった今だからこそ、
「誰が最初に書いた文章か」だけではなく、「誰が最後に確認した文章なのか」
も大切になっているように思います。
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