皆様、こんにちは。スマート危機管理コンサルティングの久保です。
「感染症と自然災害は別物だから、BCPも2冊必要だ。」
そう思っていませんか?
私は消防職員として約40年間、さらに行政の危機管理部門でも勤務し、施設のBCPを審査する側に立ってきました。
そのなかで、2冊にåれないまま置かれている施設を数多く見てきました。
今回は、どこまで1冊にまとめられるのかを整理します。
感染症用と自然災害用、2冊のBCPを別々のファイルで保管していないでしょうか。見直しの時期がバラバラで、結局どちらも見返せていない、ということはないでしょうか。
結論から申し上げます。運営基準の条文上、「業務継続計画」は本来「1つ」の計画として規定されています。また、厚生労働省が委託した研修資料には、共通化してよいとされる部分が具体的に示されています。ただし、これは「1冊にまとめれば楽になる」「1冊にすれば減算を避けられる」という単純な話ではありません。共通化できる部分と、あくまで分けて管理すべき部分の両方があります。
この記事では、①なぜ2冊に分かれてしまったのか(制度の経緯と、義務・減算という2段階の経過措置)、②条文は本来どう書かれているか、③何を共通化でき、何を分けるべきか、④1冊にすると何が変わるのか、という4つの視点で整理していきます。「共通化してよい」と示されている部分と、「分けて管理すべき」とされている部分を、具体的な項目名まで整理しますので、ご自身の施設のBCPと照らし合わせながら読み進めていただければと思います。
■ なぜ2冊になってしまうのか——制度の経緯と、義務・減算の「2段階」
感染症BCPと自然災害BCPが、なぜ別々の文書として存在しているのか。まずはその経緯を確認しておきます。
厚生労働省は、感染症編と自然災害編を、それぞれ別のガイドラインとして公表してきました。厚生労働省のサイトに掲載されている名称は、感染症編が「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」、自然災害編が「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」です(本記事では以下、それぞれ「感染症編ガイドライン」「自然災害編ガイドライン」と呼びます)。いずれも改訂が重ねられていますので、お手元の版が最新かどうかは、厚生労働省のページで一度ご確認いただくとよいと思います。
ひな形(Excel)も、感染症編は入所系・通所系・訪問系の3種類、自然災害編は共通版にサービス固有部分を追加する構成になっており、公表のされ方そのものが最初から別立てでした。このことが、「2冊に分かれているのが当たり前」という感覚の一因になっていると考えられます。
もう一つ、正確に整理しておきたいのが、経過措置の「2段階」です。ここを混同している方は少なくありません。
1つ目は、BCP策定義務そのものの経過措置です。これは令和6年3月31日で終了し、令和6年4月1日から、策定・研修訓練・見直しという義務そのものが完全義務化されています。
2つ目は、業務継続計画未策定減算という、介護報酬上のペナルティの経過措置です。こちらは令和7年3月31日まで適用が猶予されており、令和7年4月1日から本格適用となっています。「令和6年4月からいきなり減算が始まった」という理解は正確ではなく、義務化と減算の本格適用は1年ずれているということになります。
なお、減算率については、施設・居住系サービスが所定単位数の3%、その他サービスが1%とする記載が複数の解説記事で確認できましたが、告示原文までの確認には至っていないため、断定的な言い切りは避けておきます。ただし、感染症・自然災害のいずれか一方でも未策定であれば減算対象になるという点は、複数のソースで一致しています。
■ 条文は「業務継続計画」を1つとして書いている——1冊にまとめるという発想の土台
では、法令そのものは、感染症用・自然災害用という2つの計画を作ることを求めているのでしょうか。条文を確認すると、意外な建て付けになっていることが分かります。
訪問介護等の運営基準省令第30条の2は、「指定訪問介護事業者は、感染症や非常災害の発生時において、利用者に対する指定訪問介護の提供を継続的に実施するための、及び非常時の体制で早期の業務再開を図るための計画(以下『業務継続計画』という。)を策定し、当該業務継続計画に従い必要な措置を講じなければならない」と規定しています。特別養護老人ホームの運営基準省令第24条の2も、対象を「入所者」「指定介護福祉施設サービス」に置き換えただけで、ほぼ同じ構造です。
ここで確認しておきたいのは、「業務継続計画」という言葉が単数形で規定されている、という事実です。「感染症に係る業務継続計画及び非常災害に係る業務継続計画」というように、2つの計画を明示的に分けて規定してはいません。つまり条文は、感染症用・自然災害用という2つの独立した計画を作ることを、明文で義務づけているわけではないのです。
ただし、ここから「だから1冊にまとめてよい」と直接結論づけることは、条文の読み方としては飛躍になります。条文が示しているのは、あくまで「2つ作らなければならないと条文が求めているわけではない」という事実にとどまります。この条文構造をどう解釈し、実際にどこまで一体化した運用にするかは、最終的には指定権者(自治体)の見解によって扱いが異なる可能性があるため、運用にあたっては指定権者にご確認いただくことをおすすめします。
なお、厚生労働省の正式なガイドライン本文(感染症編・自然災害編)そのものに、「1冊にまとめてよい」という直接的な明文の記載があるかどうかについては、今回は確認が及んでいません。この点を踏まえたうえで、次の見出しでは、厚労省が委託した研修資料が実際にどう仕分けているのかを見ていきます。
■ どこを共通にでき、どこを分けるべきか——厚労省委託事業の資料が示す仕分け
ここからが本記事の核心です。「共通化してよい部分」と「分けて管理すべき部分」を、具体的な項目レベルで整理します。
ここで使う資料は、厚生労働省が委託した研修事業の資料(令和5年度介護BCP策定支援セミナー「BCP作成(入所系)」)です。先に断っておきますが、これはガイドライン本文そのものではなく、厚生労働省の委託事業による研修資料です。この研修資料では、感染症BCPの作成手順を解説する章に「推進体制は、感染症、自然災害で共通でも良い。感染症では、基本方針、事前準備、初動対応、業務継続を同一体制でも良い」という記載があり、自然災害BCPの作成手順を解説する章の「推進体制」の項にも、同様に「感染症と同じでも良い」という注記があります。さらに、ひな形の様式レベルでも、様式1「推進体制の構成メンバー」、様式2「施設外・事業所外連絡先リスト」、様式5「(部署ごと)職員緊急連絡網」に、それぞれ「感染症と共通化可能」という注記が付いています。様式6「備蓄品リスト」についても、感染防止関係の品目部分に「この感染防止は、感染症編と同じでも良い」と明記されています。
一方で、同じ研修資料の対比表では、感染症BCP・自然災害BCPそれぞれに固有の項目として整理されているものもあります。以下に整理します。
共通化してよいと示されている部分
- 推進体制(対策本部の構成員・役割分担)
- 施設外・事業所外の連絡先リスト
- 職員緊急連絡網
- 備蓄品リストのうち、感染防止関係の品目
感染症BCP固有として分けて管理すべき部分
- 感染防止の取組み(ゾーニング、防護具・消毒液の備蓄)
- 体温・体調チェックリスト、感染(疑い)者・接触者管理リスト
- 感染拡大防止体制(保健所との連携、接触者への対応、情報発信)
自然災害BCP固有として分けて管理すべき部分
- ハザードマップの確認・被害想定
- 建物・設備の耐震対策、インフラ(電気・ガス・水道・通信)停止時の代替策
- 行動基準・参集基準、BCP発動基準
- 避難場所・避難方法
- 他施設・地域との連携(福祉避難所の運営、DWATへの職員登録)
ここで一つ、注意していただきたい点があります。「参集基準も、共通の仕組みにできるのではないか」と考える方が少なくないのですが、今回確認した研修資料の対比表では、行動基準・参集基準・BCP発動基準は、自然災害BCPに固有の項目として整理されており、感染症BCPの側には対応する項目が置かれていません。感染症の発生時に求められる行動は、参集して初動対応にあたるという性質のものというより、出勤の可否や就業制限の判断、ゾーニングといった、感染拡大を防ぐための行動基準に置き換わるためと考えられます。共通化を検討する際は、この点を混同しないようにしていただきたいと思います。
表にすると、次のように整理できます。
【共通化してよい】
推進体制/連絡先リスト/職員緊急連絡網/備蓄品リスト(感染防止関係)
【感染症BCP固有】
感染防止の取組み/体温・体調チェックリスト/感染者・接触者管理リスト/保健所との連携
【自然災害BCP固有】
ハザードマップ・被害想定/建物耐震・インフラ代替策/行動基準・参集基準・発動基準/避難場所・避難方法/他施設・地域連携
なお、これらの仕分けは、あくまで研修資料に基づく整理です。実際にどこまで統合した様式にするかは、施設の運用に委ねられている部分もあります。書式そのものを統合する形に作り変えることを検討する際は、指定権者にも確認しておくと安心です。
■ 1冊にすると、何が変わるのか——見直しの手間と、複合災害への備え
文書の共通化が進んだ先に、実務は何が変わるのでしょうか。ここでは、見直しの手間と、複合災害への備えという2つの観点から考えます。
まず見直しのタイミングです。研修資料は、感染症BCP・自然災害BCPのいずれについても、「毎年3月、9月に定期的な見直しを実施する」という具体的な時期を示しています。これは省令の規定そのものではなく、研修資料レベルの推奨である点に注意が必要です。省令自体は「定期的に見直しを行い、必要に応じて変更を行う」としか規定しておらず、具体的な月までは定めていません。とはいえ、この「3月・9月」という目安に沿って、感染症編・自然災害編を別々のタイミングで見直すのではなく、同じ会議・同じ機会に合わせて見直すだけでも、運用の負担は減らせるはずです。「まず1冊にまとめる」という大きな一歩の前に、「まず見直しの時期を揃える」という小さな一歩から始めるのも、一つの選択肢だと思います。
なお、訓練や研修そのものを一体的に実施する工夫については、本シリーズの別の回でもご紹介しています。ここでは深入りせず、内容の参照にとどめます。
もう一つ、複合災害——自然災害と感染症が同時に発生する事態への備えについても触れておきます。正直にお伝えすると、介護施設のBCPという文脈で、この複合災害を正面から扱った厚生労働省の公式資料は、今回確認できませんでした。ただし、感染症編・自然災害編が別々の文書のままであれば、両方が同時に発生した場合に、どちらを優先し、どう組み合わせて対応するかという検討が、あらかじめされにくいのではないか、という問題提起はできると考えます。「1冊にまとめれば複合災害に対応できる」と断定することはできませんが、共通部分を揃え、必要に応じて文書を一体化していく作業そのものが、複合的な事態を想定する検討の土台になり得るとは言えるでしょう。
最終的に、感染症編と自然災害編を1冊にまとめる、あるいは共通部分だけでも揃えるという作業は、それ自体が両方の文書を通しで読み直すきっかけになります。地味な効果ではありますが、「ひな形を埋めただけで、その後見返していない」という状態から抜け出す、一つの手がかりにはなるはずです。
■ まとめ
ここまで、①感染症編・自然災害編がなぜ別々のガイドライン・別々のひな形として公表されてきたのか、経過措置の2段階、②条文が「業務継続計画」を単数形で規定しているという事実、③厚労省委託事業の研修資料が示す、共通化してよい部分と分けて管理すべき部分の仕分け、④見直しのタイミングを揃えることの効果と、複合災害への備えという論点、という4つの視点を見てきました。
「2冊を今すぐ1冊にまとめてください」と申し上げるつもりはありません。まずは、共通化してよいと示されている部分——推進体制、連絡先リスト、緊急連絡網——から揃えてみる、あるいは見直しのタイミングだけでも合わせてみる、という小さな一歩から始めていただければと思います。書式を実際にどこまで統合するかは、指定権者にもご確認いただきながら、一つずつ進めていただければ幸いです。
■ 参考文献・出典
- 厚生労働省法令等データベース「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(訪問介護等運営基準省令)第30条の2
- 厚生労働省法令等データベース「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準」(特別養護老人ホーム運営基準省令)第24条の2
- 厚生労働省「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」(介護事業所等向けまとめページ)
- 厚生労働省「令和5年度介護BCP策定支援セミナー『BCP作成(入所系)』ひな形(例示入り)を活用したBCP(業務継続計画)の作り方を解説」(厚生労働省委託事業)
- 鹿児島県「業務継続計画未策定減算に係る経過措置について」
- 目黒区「業務継続計画未策定減算」案内ページ
- 杉並区「業務継続計画の策定義務化」案内ページ
なお、業務継続計画未策定減算の減算率(施設・居住系3%、その他1%)については、複数の介護経営系メディアの記載を参考にしたものであり、告示原文までは確認できていません。断定的な事実としてではなく、参考情報として扱っています。
最後に
私は、
消防職員として約40年
行政の危機管理部門で約5年
の経験を活かし、医療・介護施設を中心に、
消防計画
BCP
避難確保計画
の見直しや統合、実効性向上のお手伝いをしています。
「2冊に分かれたまま、どちらも何年も見直せていない」
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初動の実効性: 夜間の少ない職員(出勤率3%程度を想定)でも、本当にそのマニュアル通りに動けるか?
属人化リスク: 作成担当者が辞めても、他の職員が理解して引き継げる内容(個人名ではなく役職名での記載など)になっているか?
監査対策: 感染症と自然災害の違いを明確に切り分け、行政の厳しい監査をクリアできる整合性が取れているか?
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