皆様、こんにちは。スマート危機管理コンサルティングの久保です。
「個別避難計画は、市町村がつくるものだ。」
そう思っていませんか?
私は消防職員として約40年間、さらに行政の危機管理部門でも勤務し、避難行動要支援者の名簿と計画を、つくる側と見る側の両方で扱ってきました。
今回は、施設と市町村のどちらが動くのか、そして施設に何が求められるのかを整理します。
市町村から「個別避難計画の作成にご協力いただけないか」と声をかけられて、何から手をつければよいのか戸惑っていないでしょうか。
結論からお伝えします。この記事は、①なぜ声をかけられる相手がケアマネジャーなのか、②協力すると報酬は出るのか、③支援してくれる人が見つからないとき、あるいはいざというときに支援できなかったとき、法的な責任を問われるのか、という3つの疑問に、公的資料の言葉に基づいてお答えするものです。福祉避難所を取り上げた回で「個別避難計画については別の回で取り上げる」とお伝えしていましたが、その約束に応える記事でもあります。
実は、在宅で暮らす高齢者・障害者を対象にした「避難行動要支援者名簿」は、全国すべての市町村で作成が完了しています。ところが、その名簿をもとに「誰が・どこへ・どうやって避難させるか」を具体的に定める個別避難計画は、全部完成している市町村がまだ1割に届いていません。この差はなぜ生まれるのか。制度の基本、ケアマネジャーへの期待、報酬、そして支援者の責任という4つの視点から、順に見ていきます。
■ 名簿と個別避難計画は別物——制度の基本と、進んでいないという実態
まず押さえておきたいのは、「避難行動要支援者名簿」と「個別避難計画」は、似ているようで別の制度だという点です。
名簿は災害対策基本法第49条の10に基づくもので、市町村長に作成が義務づけられています。平成25年の法改正で義務化されました。記載される内容は、氏名・生年月日・性別・住所・連絡先・避難支援を必要とする理由など、いわば「誰が支援を必要としているか」を把握するための台帳です。
これに対して個別避難計画は、第49条の14に基づくもので、令和3年の法改正で新たに設けられました。こちらは市町村長の努力義務です。名簿と同じ項目に加えて、「避難支援等実施者(支援者)の氏名・連絡先」「避難施設や避難経路」が記載事項に加わります。つまり、名簿が台帳であるのに対し、個別避難計画は「誰が・どこへ・どうやって避難させるか」まで踏み込んで定める、より具体的な計画書だといえます。
この「義務」と「努力義務」という違いが、進み具合の差にそのまま表れています。総務省・内閣府・消防庁が令和5年1月1日時点でまとめた調査によれば、名簿の作成率は全国1,741市町村で100%です。一方、個別避難計画は、全部策定済みの市町村が9.1%、一部策定済みが65.7%、未策定が25.2%にとどまっています。
この数字は、市町村の怠慢を示すものではないと考えられます。個別避難計画は努力義務であるうえ、作成には本人の同意が前提となります。ハザードの状況や要介護度などをもとに優先順位をつけながら、一人ひとりについて本人・家族・支援者との調整を積み重ねる必要がある以上、時間がかかる性質の計画だといえます。
なお、個別避難計画の作成プロセスは、福祉避難所への直接避難の調整にもつながる仕組みになっています。あらかじめ計画の中で避難先を定めておくことで、災害時に福祉避難所へ直接避難できる体制を整えやすくなる、という接続です。
■ なぜケアマネジャーに声がかかるのか——本人を最もよく知る立場という理由づけ
「なぜ自分に声がかかるのか」と戸惑うケアマネジャー・相談支援専門員の方は少なくないと思います。この問いには、内閣府の「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」が、公式な理由づけを示しています。
そこでは、介護支援専門員や相談支援専門員について、①日頃からケアプラン等の作成を通じて本人の状況等をよく把握しており、信頼関係も期待できること、②ケアプラン作成等に合わせて行うことが効果的であること、③災害時のケア継続にも役立つこと、という3つの理由から、個別避難計画作成への福祉専門職の参画が「極めて重要」だと明記されています。ケアプラン作成という日々の業務そのものが、個別避難計画にとって最大の強みになる、という位置づけです。
実際にこの考え方に基づいて取り組みを進めている自治体として、内閣府資料には大分県別府市と兵庫県が「先進的な取組み」として紹介されています。福祉専門職が本人と相談して必要な配慮を整理したうえで、本人・地域住民等が参加する打合せを経て計画を作成し、避難訓練を通じて見直しを行う、という流れです。兵庫県は平成30年度から「防災と福祉の連携推進モデル事業」として取り組み、令和2年度からは県の一般施策になっています。
全国的にも、ケアマネジャーなど福祉専門職の参画に取り組んでいる市町村は、令和5年1月1日時点で76.0%にのぼります。ただし、これは「取組を進めている」団体の割合であり、個別避難計画を全部完成させている団体の割合(9.1%)とは別の指標である点には注意が必要です。
また、令和3年7月には、内閣府・厚生労働省から日本介護支援専門員協会・日本相談支援専門員協会宛てに、個別避難計画の作成への参画等について協力を依頼する事務連絡が出されています。個人としてだけでなく、専門職団体としても協力を求められている、という位置づけです。
■ 報酬はどうなるのか——想定額と自治体の実例、介護報酬上の加算はないという事実
「ケアプラン作成だけでも手一杯なのに、個別避難計画まで担うのは負担が増えるだけではないか」という懸念は、当然のものだと思います。この点についても、確認できた事実に基づいてお答えします。
内閣府の令和3年度全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料には、「福祉専門職の参画に対する報酬や事務経費など一人あたり7千円程度を要すると想定」という記載があります。これは全国一律の基準額ではなく、過去の事例をもとに示された想定額です。また、市町村がこうした経費を支払う原資には、令和3年度から新たに設けられた地方交付税措置という国の財政的な裏付けがあります。
実際に自治体が委託料を定めている例も確認できます。奈良県安堵町では、新規作成7,000円・更新3,500円と定められており、内閣府の想定額とほぼ一致します。一方、高知市では、同意取得1,000円・作成/更新3,000円・訓練参加3,000円/人と、安堵町より低い水準です。この2つの例だけでも金額に7倍近い開きがあり、委託料の水準は自治体ごとに大きく異なるというのが実情だと考えられます。
一方で、正直にお伝えしなければならない事実もあります。介護報酬(居宅介護支援費等)そのものには、個別避難計画の作成を評価する加算は、令和6年度・令和8年度の改定のいずれにも見当たりませんでした。つまり、経済的な裏付けがあるとすれば、それは介護報酬の加算としてではなく、市町村が個別に支払う委託費という形だということになります。
委託費の仕組みを持つ自治体が複数存在することは確認できましたが、全国一律の基準はなく、金額の有無・水準は市町村の予算や条例・要綱によって異なります。市町村から協力の依頼があった際は、報酬や委託料の扱いについて、貴施設・貴事業所が所在する市町村に直接確認されることをお勧めします。
■ 「支援者になってくれる人がいない」への公的な答え——法的責任と補償
最後に、個別避難計画の作成において最大の障壁になりやすい、「支援してくれる人が見つからない」「支援を引き受けても、いざというとき助けられなかったらどうなるのか」という不安についてです。ここは記事の中でもっとも丁寧にお伝えしたい部分です。
まず知っていただきたいのは、内閣府の「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」に、この不安に直接答える記載が、本文中2箇所に置かれているということです。そこには、個別避難計画は「計画に基づく避難支援等が必ず実施されることを保証するものではない」としたうえで、市町村・福祉専門職・民生委員・自主防災組織・避難を支援する者等に対して、その結果について「法的な責任や義務を負わせるものではなく、あくまで避難の円滑化や避難行動への支援の可能性を高める性格のものとして周知することが適当である」と明記されています。
さらに同じ指針には、「避難支援等関係者本人又はその家族等の生命及び身体の安全を守ることが大前提である」「避難支援等関係者等は全力で助けようとするが、助けられない可能性もあることを理解してもらうこと」という記載もあります。支援者自身の安全が最優先である、という考え方そのものが、公的な資料に明記されているのです。
支援者が避難支援中に負傷したり亡くなったりした場合についても、公的な補償の枠組みがあります。名簿情報の提供を受けた避難支援者が、緊急の必要があって避難支援等に従事したことにより死亡・負傷・疾病・障害の状態になった場合は、災害対策基本法第65条第1項・第84条第1項に基づく損害補償の対象になります。あわせて、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づく支給・貸付の対象にもなり得るほか、避難訓練等での民間保険の活用も一つの備えとして例示されています。
ここで、正直にお伝えしておかなければならない限界もあります。支援できなかったこと自体への法的責任は問われないという方針は公的な資料に明記されている一方で、故意または重大な過失があった場合にどう扱われるかという、より踏み込んだ免責の限界を直接論じた公的資料は、今回確認することができませんでした。ですので、「どのような場合でも一切責任を問われることはない」と読めるような書き方は避けたいと思います。あくまで、支援できなかったこと自体を理由に法的責任を問う仕組みにはなっていない、という方針が公的に示されている限度で理解していただくのが正確です。
とはいえ、この事実は、「支援者になってくれる人が見つからない」という現場の障壁に対して、数少ない公的な後押しだといえます。支援を依頼する際、あるいはご自身が支援者を探す立場に立ったとき、この点を正確に伝えられるかどうかで、相手の受け止め方は大きく変わるはずです。
■ まとめ
ここまで、名簿と個別避難計画の違い、ケアマネジャーに声がかかる理由、報酬の実態、そして支援者の責任と補償という4つの視点から、個別避難計画について整理してきました。
このシリーズでは、これまで消防計画や避難確保計画、BCP、災害関連死への対応、福祉避難所、受援体制、地域との関係づくりなど、主に施設の中の備えを取り上げてきました。今回はその締めくくりとして、施設の外、在宅で暮らす利用者の避難をどう支えるかという視点に目を向けました。施設の中の備えと、施設の外で暮らす利用者への備えは、どちらも欠かすことのできない両輪だと考えられます。
個別避難計画をめぐっては、断定的に「安心してください」と申し上げられる段階には、正直なところまだありません。報酬の有無や金額、支援者が見つからない場合の扱いなど、自治体ごとに確認が必要な事柄がまだ多く残っているからです。ただし、ここまで確認できた事実を、公的資料の言葉で正確に持っておくことは、市町村から協力を依頼されたときに、落ち着いて対応するための土台になるはずです。
まずは、貴事業所が担当する利用者が個別避難計画の対象になっているかどうか、また協力を依頼された場合の報酬・責任の扱いがどうなっているかを、所在する市町村に確認してみることから始めてみてはいかがでしょうか。
■ 参考文献・出典
- 災害対策基本法第49条の10〜第49条の17(内閣府「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」巻頭掲載条文、千葉県ミラーPDF)
- 内閣府(防災担当)「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」(平成25年8月策定、令和3年5月改定)
- 内閣府政策統括官(防災担当)「高齢者・障害者等の個別避難計画に関する防災と福祉の連携について」(令和3年度全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料)
- 総務省・内閣府・消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」(令和5年6月30日公表、令和5年1月1日現在)
- 安堵町(奈良県)「個別避難計画の作成について(事業者向け)」
- 高知市「避難行動要支援者対策の業務委託について」
なお、令和6年度の取組状況(着手率84.7%等とされる数値)については、内閣府公表資料の要約に基づく情報にとどまり、一次資料本体での直接検算ができていないため、本文では言及せず、直接検算済みの令和5年1月1日時点の数値のみを使用しています。介護報酬(居宅介護支援費等)における個別避難計画関連の加算の有無、避難支援者が見つからない場合の具体的な手続き、故意・重過失があった場合の免責の限界については、公的資料の中に明確な記載を見出せなかったため、本文では「見当たらなかった」「確認できなかった」という表現にとどめ、断定を避けています。
最後に
私は、
消防職員として約40年
行政の危機管理部門で約5年
の経験を活かし、医療・介護施設を中心に、
消防計画
BCP
避難確保計画
の見直しや統合、実効性向上のお手伝いをしています。
「個別避難計画の話が来ているが、どこまで関わればよいのか分からない」
そんな不安がありましたら、お気軽にご相談ください。
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初動の実効性: 夜間の少ない職員(出勤率3%程度を想定)でも、本当にそのマニュアル通りに動けるか?
属人化リスク: 作成担当者が辞めても、他の職員が理解して引き継げる内容(個人名ではなく役職名での記載など)になっているか?
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