あなたの物差しで測らないで

あなたの物差しで測らないで

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「それで暮らしていけるの?」

週3で働いている。

フルタイムではない。

毎日決まった時間に会社へ行く働き方をしていない。


そんな話をすると、

「それで生活できるの?」
「もっと働いた方がいいんじゃない?」
「将来、大丈夫なの?」

と心配されることがあります。


でも、ふと思うんです。

その人にお金を借りているわけでもない。

生活費を出してもらっているわけでもない。

困ったときに面倒を見てほしいと
頼んでいるわけでもない。


それなのに、どうして他人は、

まるで親のように人の働き方へ

ダメ出しをしたくなるのでしょう?


たぶん、人は自分の中にある
「普通」から外れた生き方を見ると、
少し不安になるのかもしれません。

週5で働く。

毎月安定した給料をもらう。

できるだけ貯金をする。

それを「ちゃんとした生き方」だと
思ってきた人にとって、

週3で働いたり、
自由な時間を優先したりする人は、

少し理解しにくい存在なのかもしれません。


でも、

「私ならその収入では暮らせない」 

と、

「あなたもその収入では暮らせない」

は、まったく別の話です。



家賃も違えば、

生活費も違う。

欲しいものも違えば、

大切にしたいものも違う。

副収入があるかもしれないし、

たくさんのお金より自由な時間を
大切にしているのかもしれない。


その事情を知らないまま、

「もっと働いた方がいい」
「普通はこうするもの」
「将来困るよ」

と言い始めたら、

それは心配というより、

価値観への介入

に近くなってしまいます。


もちろん、本当に心配してくれている
人もいるでしょう...?


でも、相手を尊重しているなら、

「それで大丈夫なの?」

と聞いて、

本人が「大丈夫だよ」
と言ったら、

「そっか」

で終われるはずです。


それでもなお、

「でも」
「普通は」
「将来は」

と続けてくるなら、

もしかすると、
相手のためというより、

自分の中にある

不安を落ち着かせたい

のかもしれません。


自分はずっと我慢して働いてきた。

嫌でも週5で働くものだと思ってきた。

そんな人の前に、

「私は週3で暮らしています」

という人が現れたら、

「もしかして、私もそこまで
頑張らなくてよかったのかな」

「憎たらしい」

そんな思いが心のどこかに生まれる
こともあるでしょう。

だから、
自由に生きる人を
「普通」の枠へ戻したくなる。

「もっとちゃんとしなよ」と。


でも、

誰かの安心のために、
自分の生き方を変える必要はありません。

週5が心地いい人もいる。

週3が心地いい人もいる。

たくさん稼ぐことを望む人もいれば、
時間や心の余白を選ぶ人もいる。

人生は、

収入を最大化するゲーム

ではないから。


自分の暮らしを自分で引き受けて、
自分が納得しているなら、

それでいい。

「あなたはそれで暮らせるの?」

その問いへの答えを出すのは、
あなたではなく私です。

他人の物差しは、
その人自身の人生を測るために
使えばいい。

私の人生まで、
測らせなくていい。


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