恋をすると「恋の奴隷」になってしまう

恋をすると「恋の奴隷」になってしまう

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恋をすると、

幸せなはずなのに苦しくなる。


彼から連絡がくれば嬉しい。

返信が遅ければ不安になる。


優しくされれば、
「やっぱり私のこと好きなのかも」と安心して、

少し冷たくされれば、
「嫌われたのかな」と落ち込む。


気づけば私の一日の気分は、

彼の言動によって決められている。


これ、よく考えるとすごいことです。


自分の幸せを決めるリモコンを、
いつの間にか彼に渡しているのだから。

彼からLINEがくれば「幸せ」。

こなければ「不幸」。

会えれば「愛されている」。

会えなければ「愛されていない」。

完全に彼次第です。


そして私は、
「もっと連絡して」
「もっと大切にして」
「もっと安心させて」

と心の中で彼に求めるようになる。


そのうち恋をしているのか、
彼の言動を監視しているのか
わからなくなってくる。

これでは苦しくなるのも当然です。


そして限界まで苦しくなると、

「こんなに辛いなら、
好きになんてならなければよかった」

と思う。

もう恋なんてしない。

一人でいたほうが楽。


そうやって

ようやく苦しい恋から抜け出したのに……


しばらくすると、
また誰かを好きになる...。

そして再び、

LINEがこない。

どうして?

私のこと好きじゃないの?

何考えてるの?

……あれ?

また同じところに戻ってる😢


では、人を好きにならなければいいのでしょうか。

たぶん、違うんですよね。


必要なのは、

「恋をやめること」ではなく、

「自分の幸せを彼に預けること」をやめること。


彼が連絡してくれるから幸せなのではなく、

彼が何をしていても、
私は私を幸せにしてあげられる。

彼が優しいから安心するのではなく、

私は私に安心を与えてあげられる。


寂しくなったら、

「なんで連絡してくれないの?」

と彼を追いかける前に、

「私、寂しかったんだね」

と自分の気持ちを拾ってあげる。


不安になったら、

彼の気持ちを必死に分析する前に、

「私は今、安心したいんだな」

と自分に気づいてあげる。


彼に向かっていた矢印を、
いったん自分へ戻してみる。

それだけでも、
恋の景色は少し変わります。

もちろん、好きな人から連絡がきたら嬉しい。

会えたら嬉しい。

愛されたら嬉しい。

それでいいんです。


でも、

「彼がいなければ私は幸せになれない」
ところまで、
自分の人生を明け渡さなくていい。

恋人は私を幸せにする責任者ではありません。

私の幸せの責任者は、私です。


恋をすると苦しくなる人ほど、
愛する力が足りないのではなく、

自分に向けるはずだった愛まで
相手に全部渡してしまっているのかも
しれません。

だから次に誰かを好きになったときは、

彼を好きな私も楽しむ。

でも、

私の人生の主役の席には
ちゃんと私を座らせておく。

彼の隣に座るために、
自分の席を空け渡さない。

恋をしても私は私。

彼を好きでも私は自由。

そんな恋なら、

もう「恋の奴隷」にならなくても
誰かを思いきり好きになれるのかもしれません。


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