「なぜ私だけうまくいかないんだろう」——28歳の私が、祖母の言葉に救われた話

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あの頃の私は、正直、限界でした。
新卒で入った人材会社。採用コンサルタントとして働き始めて3年が経ち、周りの同期はどんどん結果を出していく。なのに私は、いつも何かが噛み合わない感覚があって。
クライアントとの関係は悪くない。候補者からの信頼もある。でも、数字にならない。
上司からは「お前はセンスはあるんだけどな」と言われ続け、その「けどな」の先が怖くて、毎週月曜日の朝が憂鬱でした。

転職しようとした、あの夜
ある夜、私は退職届の下書きをパソコンで打っていました。
「向いてないのかもしれない。もう辞めよう」
そのとき、ふと祖母のことが頭に浮かびました。
祖母は四柱推命を嗜む人でした。田舎の小さな家で、近所の人たちの相談に乗り続けた、静かで芯の強い人。幼い頃から「あなたは水の気が強い子だから」とよく言っていたけれど、当時の私にはその意味がわかりませんでした。
祖母はその年の春に他界していました。
気づいたら、祖母が残した四柱推命の本を棚から引っ張り出していました。

命式を初めて、真剣に読んだ夜
生年月日から命式を出してみると、祖母がいつも言っていた「水の気」の意味が少しずつわかってきました。
私の日主は「壬(みずのえ)」。大海のような水のエネルギーを持つとされています。
特徴は、広く深く物事を捉える力。表面ではなく本質を見抜く洞察力。でも、その反面、狭い器に収めようとすると、力を発揮できない。
読んだ瞬間、鳥肌が立ちました。
私が苦しかったのは、能力がなかったからじゃない。当時の私のやり方が、自分の気質と真逆だったからだと気づいたんです。
数字を追って、短期で結果を出して、効率よく案件をこなす——それは「金」や「木」の気質が得意とするスタイル。私の「水」の強みは、時間をかけて信頼を積み上げ、深く関わることで真価を発揮するものでした。

運気の流れを読んで、初めて「待つ」を選んだ
命式をさらに読み進めると、当時の私は大運の「忍耐期」にいることがわかりました。
四柱推命では、10年単位で運気のフェーズが変わります。その時期の私は、種を蒔き、土台を作る時期。派手な結果が出にくいのは当然で、むしろここで焦って動くと、せっかく蒔いた種を自分で掘り起こすことになる——祖母の本にはそう書いてありました。
退職届の下書きを、そっと閉じました。
「もう少しだけ、やり方を変えて続けてみよう」

気質に合わせてやり方を変えた
翌日から、私は少しずつ仕事のスタイルを変えました。
短期の数字より、候補者一人ひとりと深く向き合うことに時間を使う。クライアントとも、表面的な要件ではなく、組織の本質的な課題から話し合う。
最初は「効率が悪い」と思われていたかもしれません。でも3ヶ月後、私が深く関わった候補者が内定を承諾し、「あなたに担当してもらえてよかった」と言ってくれました。
そこから、何かが変わり始めました。
紹介が紹介を呼ぶようになり、1年後には社内表彰を受けていました。やり方は変えただけ。努力量はむしろ減っていたかもしれない。
流れに逆らうのをやめて、自分の気質に乗ったら、同じ仕事がまったく違うものになった。

今、私が鑑定をする理由
あの夜の経験が、今の私の仕事の根っこにあります。
採用コンサルタントとして候補者と向き合うとき、私はいつも「この人はどんな気質を持っているんだろう」と考えます。スキルや経歴だけじゃなく、その人が本来持っているエネルギーの使い方を見ようとする。
そして四柱推命の鑑定では、祖母が私にしてくれたように、命式の奥にある「その人らしさ」を丁寧に読み解こうとしています。
占いで人生が決まるとは思っていません。でも、自分の気質を知り、運気の流れを理解することで、判断の精度が上がる。それは確かだと、自分の経験から言えます。
あの夜、退職届を閉じた私に、祖母はきっとこう言ったでしょう。
「あなたは大海の水。川の流れ方をしなくていいのよ」
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