玄征です。
もう何ヶ月も、同じことを考えている。
続けたほうがいいのか、やめたほうがいいのか。
朝は「やっぱりもう少し続けよう」と思い、
夜になると「もう無理かもしれない」と思う。
その往復をしているうちに、季節が一つ変わっていた。
仕事のことかもしれませんし、人のことかもしれません。
今日は、その「決められなさ」についてお話しします。
ご自身の流れが、どこで止まっているのか。
生年月日から視る鑑定を、下のサービスでお受けしております。
■情報が足りないから決められない、わけではありません
決められない時、多くの方はもっと考えようとします。
調べる、人に聞く、もう少し様子を見る。
ですが、半年考えて決まらなかったことは、
あと半年考えても、たいてい決まりません。
材料が足りないのではありません。
答えの出ない形で、問いを立てているのです。
■「続けるか、やめるか」は、答えの出ない問いです
この問い方には、隠れた前提が一つあります。
今のやり方のまま、百か零かで選ぶ、という前提です。
百か零で選ぼうとすると、人は選べなくなります。
どちらを選んでも、失うものが同じ重さだからです。
続ければ、これまでの時間は無駄になりません。その代わり、この先も重い。
やめれば、軽くなります。その代わり、これまでが無駄になった気がする。
天秤が釣り合っているのではなく、
どちらの皿にも同じ重さの「失うもの」が乗っている。
だから動かないのです。
意志が弱いからでも、優柔不断だからでもありません。
■問いを、こう置き換えます
続けるか、やめるか、ではなく、
何を減らせば、続けられるか。
続けることと、今のやり方を続けることは、別のものです。
多くの方は、この二つをひとまとめにして悩んでいます。
週に五日やっているものを二日にする。
一人で抱えているものを、一つだけ人に渡す。
関わる相手を、三人から一人に減らす。
減らしてみて、まだ重いなら、それは本当にやめどきです。
減らしたら軽くなったなら、やめるべきだったのはやり方のほうでした。
どちらに転んでも答えが出ます。
百か零で悩み続けるより、よほど早い。
■十月八日は、寒露です
暦の上で、露が冷たくなる頃を寒露(かんろ)といいます。
今年は十月八日です。
ここから、夏のあいだ伸び続けていたものは、伸びなくなります。
勢いで押し切れる季節が終わるのです。
その代わりに始まるのが、分ける季節です。
稲でいえば、実ったものを刈り、残りを土に返す時期にあたります。
全部を刈るのでもなく、全部を残すのでもない。
陰陽道では、この時期を「選び分けに向く」と見ます。
増やすのに向かない代わりに、何を手元に残すかの判断が、一年で最も狂いにくい。
夏のあいだ決められなかったことが、十月に入って急に決まる方がいます。
その方の意志が強くなったわけではありません。季節が変わっただけです。
■今週、やってみていただきたいこと
一つ目。紙に、やめた場合に失うものを三つ書く。
頭の中にあるうちは、失うものは実際より大きく見えます。
書き出すと、三つしかないことに気づく方がほとんどです。
二つ目。減らす候補を、一つだけ決める。
全部を見直そうとすると手が止まります。
一番小さいものを一つ。それだけで十分です。
三つ目。期限を決める。
「立冬まで試す」のように、日付で区切ります。
十一月の初めに立冬(りっとう)を迎え、流れは冬に入ります。
そこまでに答えが出なければ、出ない問いだったということです。
期限のない迷いは、迷いではなく住まいになります。
長く住むほど、出にくくなります。
■それでも、どちらとも言えない時
ここまでは、ご自分で試せる範囲のお話です。
一つだけ、ご自身では見えにくいものがあります。
それは、止まっているのが本当にこの一件なのか、という点です。
仕事も、人のことも、お金も、どれか一つが特別ひどいわけではないのに、
全体がなんとなく重い。
そういう場合、目の前の一件をどう決めても、同じ重さがついて回ります。
決断の問題ではなく、流れが一本手前で止まっているからです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
玄征