「もっと肩の力を抜いて生きたい。」
最近、そんなことをよく考えます。
以前の私は、「正しいか、正しくないか」で物事を判断することが多くありました。
仕事でも、人との会話でも、「ここは違う」「もっとこうした方がいい」と、無意識に評価をしていたように思います。
当時は、それが仕事のできる人の考え方だと信じていました。
仕事にも自信がつき、責任ある立場を任されるようになると、その傾向はさらに強くなりました。
自分が職場を支えている。
自分が正しい判断をしなければならない。
そんな思いが、いつの間にか肩に力を入れていたのだと思います。
でも最近、その力は少しずつ抜けてきました。
そして気づいたのです。
肩の力が抜けると、心にも余白が生まれることに。
肩に力が入ると、視野は狭くなる
一つの考え方だけを信じていると、他の可能性が見えなくなります。
うまくいっている間は、それでも問題ありません。
でも、人生は思い通りにならないことの方が多いものです。
そのとき、一つの考え方に固執していると、とても苦しくなります。
「こうあるべき。」
「こうしなければならない。」
そんな思いが強くなるほど、自分自身を追い込んでしまいます。
だからこそ、たくさんの視点を持つことが大切です。
「そんな考え方もある。」
「違う見方をしてもいい。」
そう思えるだけで、心は少し軽くなります。
肩の力が入っていることに気づく
肩の力を抜くために、一番大切なことがあります。
それは、
「今、自分は肩に力が入っている。」
と気づくことです。
実際に試してみてください。
今、肩を意識してみると、思っている以上に力が入っていませんか?
少しストンと力を抜くだけで、呼吸まで楽になります。
緊張しているとき。
焦っているとき。
怒っているとき。
「うまくやらなきゃ」と思っているとき。
そんなときほど、肩には自然と力が入っています。
気づけるということは、その感情に飲み込まれていないということです。
一歩引いて、自分を見られている状態です。
それだけでも、大きな前進だと思います。
幸せは、手に入れるものではなく感じるもの
私は最近、「幸せとは何だろう」と考えることがあります。
例えば、一億円を持っていても幸せな人もいれば、不幸だと感じる人もいます。
逆に、お金が多くなくても毎日を幸せに生きている人もいます。
つまり、幸せには絶対的な基準はありません。
その人が幸せだと感じるかどうか。
それがすべてなのだと思います。
だから、「何かを手に入れたら幸せになる」という考え方だけでは、いつまでも幸せは先送りになります。
実は、今この瞬間にも幸せはあります。
朝起きられたこと。
ご飯を食べられること。
誰かと話せること。
今日という一日を迎えられたこと。
当たり前だと思っているものの中に、幸せはたくさん隠れています。
当たり前の反対は「感謝」
人は、当たり前になった瞬間に感謝を忘れます。
だからこそ、「ありがとう」という言葉には大きな意味があります。
感謝をすると、当たり前だったものに気づける。
気づけると、幸せを感じられる。
以前、「ありがとうは視点を動かす言葉」という記事を書きました。
今回改めて思ったのは、肩の力を抜くことも同じなのだということです。
力を抜く。
感謝する。
視点を変える。
どれも、自分を縛っているものから少し距離を取るための方法なのだと思います。
失敗するのが当たり前
野球では、三割打てば一流の打者と言われます。
言い換えれば、七割は失敗しています。
私たちは、それ以上に失敗することもあります。
だから、失敗しない人生を目指す必要はありません。
大切なのは、一つの失敗だけで自分を決めないことです。
肩の力が入っていると、一回の失敗が人生の失敗のように感じます。
でも、力が抜けていると、
「今回はそうだった。」
と受け止められるようになります。
今この瞬間を楽しむ
お釈迦様は、「今、この瞬間」を大切にすることを説いています。
人生は、未来のどこかにあるものではありません。
この一瞬一瞬の積み重ねです。
だから、
「いつか幸せになる。」
ではなく、
「今、幸せを感じられるか。」
そこが大切なのだと思います。
新しい何かを手に入れなくてもいい。
もっと優秀にならなくてもいい。
実は、すでに持っているものに気づくだけで、人生は豊かになります。
私も、まだ肩に力が入ることがあります。
正しさにこだわってしまうこともあります。
でも、そのことに気づけるようになっただけでも、大きな変化です。
肩の力を抜く。
今ある幸せに気づく。
そして、この瞬間を楽しむ。
そんな毎日を積み重ねていきたいと思います。