霊媒体質「声を失った私に、あの人が話しかけてきた日」②
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記憶の奥が開いたまま、
私はしばらく動けずにいた。
小さな手の感触。
夕方の風の匂い。
舗装されていない道に落ちる、長い影。
懐かしい。
でも、はっきりとは思い出せない。
頭で考えようとすると、
その気配はすぐに遠のいてしまう。
まるで「考えるな」と言われているみたいに。
私は深呼吸をして、
ただ感じることに集中した。
すると、あの穏やかな気配が、
少しだけ近づいてきた。
言葉はない。
でも、確かに「笑っている」のがわかる。
霊媒体質の私には、
声よりも先に感情が届くことがある。
その人の想いが、
そのまま空気に溶け込んでくるように。
――懐かしがらなくていい。
――思い出さなくてもいい。
そんな気持ちが、静かに流れ込んできた。
私はそこで、はじめて気づいた。
この存在は、
何かを伝えたいわけじゃない。
助けを求めているわけでもない。
ただ、
「そばにいる」だけ。
それはとても不思議で、
同時に、とても安心できる感覚だった。
その夜は、それ以上何も起きなかった。
夢も見なかったし、
声も聞こえなかった。
ただ翌朝、
目が覚めた瞬間に思った。
――今日も、ひとりじゃない。
理由はわからない。
でも、それで十分だった。
しばらくの間、
私はその存在に名前をつけなかった。
名前を知るということは、
関係が変わることでもある。
まだ、その時ではない。
そう直感的にわかっていた。
けれど、
鑑定の文字を打っているとき、
誰かの痛みに触れたとき、
その気配は、必ず少しだけ近くにいた。
背中を押すわけでもなく、
導くわけでもない。
ただ、
見守るように。
そして私は、
はっきりと自覚し始めていた。
この人は、
私が声を失う前から、
ずっと知っている存在だということを。
でも、
それを思い出す鍵は、
まだ、開けてはいけない。