朝食が苦手だった私が、少しずつ食事に気を配れるようになった理由

朝食が苦手だった私が、少しずつ食事に気を配れるようになった理由

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コラム
昔から、朝食をしっかりとるのが苦手でした。頭では「食べたほうがいい」「健康のためには必要なことだ」と分かっています。それなのに、いざ朝を迎えると、どうにも箸が進まない。必要だと分かっているのに、なかなか生活を改善できずにずっと引っかかっていました。

なぜ変えられなかったのだろうと振り返ると、理由は単純で、朝食を食べなくても「その日一日、それなりに何とかなってしまうから」なのだと思います。

こうした生活習慣や健康のことは、サボったところで今日明日に大きな罰があるわけではありません。長期的な悪影響なんて目に見えないし、目の前の忙しさに追われていると、つい「まぁいっか」と後回しになってしまう。気合いや根性の問題ではなく、そもそも優先順位の枠に入ってこなかったのです。

そんな私が、最近になって少しずつ食事や朝の過ごし方に気を配れるようになってきました。

その変化の要因は何だったのかと考えてみると、大きな決意をしたわけでも、健康への意識が急に高まったわけでもありません。ただ一つ、「生活や心に、ほんの少しの『余裕(余白)』ができたこと」でした。

以前のバタバタしていた時期なら、朝にそんなことを考えるエネルギーすらありませんでした。「どうにか時間を回すこと」だけで精一杯で、自分の体をケアするための思考や、ちょっとした工夫を調べる余裕なんてゼロでした。

でも、暮らしの中に少し余白ができたことで、ふと立ち止まる瞬間が生まれました。「今の朝の過ごし方、もう少し心地よくできないかな」。そんなふうに、自分に向き合って考えたり、ちょっと調べてみたりするエネルギーが、自然と湧いてくるようになったのです。

何かを変えたいとき、私たちは「もっと頑張らなきゃ」と思いがちです。けれど、本当は「やる気」が足りないわけじゃなくて、ただ単に、今の生活がパンパンで「新しく何かを受け入れる余白」がなかっただけなのかもしれません。

そう気づいてから、無理に自分を追い込むのをやめました。まずは生活のどこかに、小さな「余裕」を作ること。そこから始めてみたら、できなかったはずのことが、驚くほど自然に動き出しました。

自分の機嫌や生活を整えるために必要なのは、強い意志ではなく、ほんの少しの「心の余白」なんだと思います。

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