碧眼の霊視師リシェル

碧眼の霊視師リシェル

記事
占い
はじめまして。 碧眼の霊視師 リシェルと申します。
このページに辿り着いてくださったこと、心より感謝いたします。 

見えなくていいものまで見えてしまった幼少期

私は日本人の父と外国人の母のもとに生まれました。 
幼い頃から、日本と母の祖国を行き来する生活を送ってきました。
母の故郷では
「人の言葉より気配を感じなさい」
「沈黙の中にも本音は流れている」
そんな価値観がごく当たり前のものとして存在していました。
その環境の中で育った私は
人の感情や思考の“揺れ”を空気の変化のように感じ取る子どもでした。

日本に来た日の記憶 ― 6歳で移住した私の原点

私が6歳になるまで生活の中心は母の祖国にありました。
そこでは人は気持ちを隠しません。
喜びも怒りも悲しみも、呼吸のように外へ出ていきます。
だから私も空気の中に流れる感情をそのまま受け取って生きていました。

そして6歳のとき私は本格的に日本へ移住します。
「帰る」というより、「知らない世界へ入る」感覚に近かったかもしれません。

日本で最初に感じたことは、
誰も大声を出さず、誰も感情を大きく揺らさず、
まるで「感情に蓋をして生きる国」に迷い込んだのではないかということでした。

当時の私は、その違いにすぐ気づいてしまいました。
表情は笑っているのに、心は怒っている。
優しい言葉の裏に、棘のような本音がある。
私はそれを「感じないふり」ができず、ただ立ち尽くしていました。

教室に入った瞬間、押し寄せたもの

日本の学校に通い始めて最初につまずいたのは授業ではありません。
空気でした。

教室の扉を開けた瞬間、
言葉にならない感情の波が一気に押し寄せてきたのです。

・笑っているのに、心は冷たい子
・無理をして明るく振る舞う子
・誰かを羨みながらそれを隠している子
・嫌いと言えないまま距離だけを取っている子

それらが音もなく胸の中に流れ込み、
当時の私はうまく言葉にできませんでした。
ただ「ここにいると苦しい」という感覚だけが確かでした。

中学生になるとその生きづらさはさらに濃くなりました。

教室の隅で笑っているグループがいても
その中の誰かが心の奥で怯えているのが分かる。
誰かが無理に同調しているのが分かる。
誰かが本当は、孤独で震えているのが分かる。

でも私はそれを口にできない。
口にした瞬間その場の均衡が壊れてしまうことを知ってしまったからです。

「気にしすぎ」
「考えすぎ」
そう言われるたびに私は自分の感覚が間違っているような気がして
感じることを封じていきました。

けれど完全には消えませんでした。
夜になると、誰かの悲しみが夢に流れ込んでくる。
言葉にできない映像が頭の中に浮かぶ。

眠りが浅くなり朝になると理由のない疲れが残る。
それでも説明できる言葉がない。

「普通に生きたい」
その願いだけが、私の中で何度も繰り返されていました。

ひとりで過ごす時間が増えていった理由

私は人が嫌いだったわけではありません。
むしろ痛いほど分かってしまうからこそ
近づきすぎるのが怖かったのです。

誰かの怒りを自分のもののように受け取り
誰かの悲しみを胸の奥に抱えてしまう。
その状態で集団にいると自分が溶けてしまいそうになる。

だから私は一人の時間を選びました。
本を読んだり外の空を眺めたり、
誰の感情も入ってこない場所でようやく呼吸ができました。

周囲から見れば静かで大人しい子だったと思います。
けれど内側ではいつもたくさんの感情が渦を巻いていました。

後にすべてが繋がっていった

今振り返ると
あの頃の孤独や違和感はこの力を正しく使うための時間だったのだと思います。

6歳まで母の祖国で育った感覚と、
6歳から日本で生きるために身につけた「抑える」という感覚。
その両方を知ったからこそ、
私は「感情の奥にある本質」を読み取れるようになっていきました。

あのとき感じていた生きづらさが、
今恋愛に悩む方の心に寄り添うための基盤になっています。

封じていた力と、再び向き合うことになった出来事

それでも長い間、
私はこの力を「使おう」とはしませんでした。

感じ取れてしまうことをできるだけ表に出さず
できるだけ普通の人生を歩こうとしていました。

けれど大人になるにつれ自分の感情だけでなく
周囲の想いまで抱え込んでしまう生き方に限界が訪れます。

大切な人との関係がうまくいかなくなったとき。
どれだけ言葉を尽くしても気持ちがすれ違っていくのを止められなかったとき。

相手の本心が見えてしまうからこそどうしても自分を責めてしまいました。

「分かっているのに救えなかった」
「感じ取れるのにどうして何も変えられないのだろう」

その頃から抑え込んでいた感覚が再び強く表に出始めます。

人の感情だけでなく、空間に残る想念や、
言葉になる前の想いがはっきりと伝わってくるようになったのです。

逃げ続けてきたこの力ともう一度きちんと向き合わなければならない。
そう直感的に感じました。

導かれるように出会った師匠の存在

そんな時不思議な流れで一人の霊能者の方と出会いました。

初めてお会いしたその瞬間
その方は私の顔を見るなりこう言いました。

「あなたはずっと視えるのに閉じてきましたね」

その言葉を聞いたとき
理由も分からないまま涙が溢れました。

その方は続けて
とても静かな声でこう話してくれました。

「この力は放っておくと苦しみになります」
「でも、整え方を知れば人を傷つけずに使えるものです」

それまで私は
この力は“あるかないか”の問題だと思っていました。
けれど本当は、
どう扱うかを知らなかっただけだったのです。

師匠のもとで学んだのは、
未来を当てることではありません。

・どこまで視るのか
・どこで線を引くのか
・相手の感情と自分の感情を分けること
・必要なときにはきちんと閉じること

そうした「在り方」でした。

初めてこの力が自分を壊すものではなく、
誰かの心を支えるためのものだと感じられるようになりました。

占いという形を選び、歩み始めた理由

師匠のもとで学びを重ねる中で
私は「占い」という形が
この力に最も合っていると気づいていきました。

未来を断定するためではなく、
相手の想いの流れを読み、
今どこで感情が滞っているのかを知るため。

特に恋愛は矛盾した感情が同時に存在します。

離れたい気持ちと、離れられない気持ち。
信じたい気持ちと、疑ってしまう気持ち。

私は霊感霊視を通して、
それらを無理に整理するのではなく、
そのまま受け取り、自然にほどける場所を探す
そんな鑑定を行うようになりました。

最初は身近な人の相談から始まりました。

「話すだけで心が軽くなった」
「自分を責めなくていいと初めて思えた」

そう言われるたびに、
かつて孤独だった自分自身が、
少しずつ癒されていく感覚がありました。
この力をもつことで人と疎遠にならざるをえなかった私が
人の役に立てていることを実感できました。

いままで9年ほど対面での占いをしてきましたが、
より多くの人の心の支えになれたらと思い、オンラインでの鑑定も始めました。

今このページに辿り着いたあなたへ

ここまで読んでくださったあなたは、
きっと今答えよりも「安心」を求めているのではないでしょうか。

私は鑑定において恐れを煽りません。
不安を植えつけるような未来の断定もしません。

今この瞬間の
お相手様の感情、あなた自身の心の奥、
お二人の間に流れているエネルギーを静かに読み取ります。

必要なときに、
そっと寄り添う存在であれたら幸いです。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す