【イースター礼拝】私の魂が助けられた日

記事
コラム
イースターとは、イエス・キリストの復活を祝う「復活祭」。

十字架にかけられたキリストが
死からよみがえられたことを記念するとても大切な日です。

春の訪れとともに、「命の希望」を思い出す日でもあります。


今日は、いろんなことが不思議と整い、
新宿で行われたイースター礼拝に参加することができました。

教会に着いた時には、すでに賛美が始まっていて
その場に身を置くだけで、
胸の奥が静かにじんわりと
込み上げてくる感覚がありました。


胸に手を当てて、神様に意識を向けていると
自然と涙が込み上げてきました。


最近は、日々の課題も多く、
心の奥に疲れが溜まっていたのだと思います。

そんな中で今日、この場所に来られたこと自体が
私にとって大きな恵みでした。


「あぁ、私は今、本当に神様の支えを必要としていたのだな…」

そんなことを、静かに悟らされた時間でもありました。



日本にはいろいろな教会があり、
さまざまな牧師先生がおられます。

その中で私は、いま気になっている教会の
メッセージに深く心を打たれています。


牧師先生は、涙をにじませながら
私たちに語ってくださる言葉から
神様へのまっすぐな思いが伝わってきて

今日も胸が熱くなりました。


「この牧師先生の情熱と男気に
私は…ついて行きたいな・・・」

(いつもは、youtubeで遠くから聴いている私。)



そして今日の礼拝メッセージであらためて感じたことは。



“苦しい時こそ、神に帰る。”

聖書と教会から語られるメッセージは

私の人生列車のレールのようなもの。


・道を見失いそうな時でも

・暗いトンネルを突き進むときにも


また戻る場所があるということは
大きな心の支えになります。



イエスさまが死を打ち破り、よみがえられた復活の奇跡は

私たちにも
「何度でも立ち上がれ!!」という希望を
与えてくれているのだと思います。



仲間の誘いにより
「教会で自分の魂を癒しに行こう!」と
エンジン全開で足取りを軽くして行ってきました。


人は、忙しい日々の中では
神さまの存在を忘れてしまうこともあるのかもしれません。


けれど、どうにもならない苦しさや
他人の言葉一つで、自分の方向性が
右にも左にも事が動かされる事もあって。

そんな時に
「神さま、助けて…」と

心の中で小さく、つぶやくだけで
私の心は守られている気がします。


私は今日、礼拝の中であらためて

「イエスさまは今も生きておられる」


ということを、
頭ではなく”心”で受け取りました。


イエスさまのストーリーは
何千年も前の話のようで

現代を生き抜こうとする私たちが
もがきながらも…
つまずくながらも…


「何度でも立ち上がれ!!」という
希望として
生きたストーリーなんだと思います。


うまく言葉にできない日があってもいい。
迷う日があってもいい。


それでも、

癒される場所があるということ。

それだけで、
人は力を得てまた、小さな前進ができるのだと思います。


もし今、心の中に言葉にできない思いがあるなら
無理にひとりで抱えなくても大丈夫です。

言葉にするお手伝いを、やさしく続けています。


Happy Easter♪

〜 復活の希望〜 
それぞれの心に小さな喜びがたくさんありますように



~静かに心を整える言葉のサロン~
  あなたの言葉にならない想いを
   やさしく言葉に変える場所
心に寄り添う相談員・文章サポーター 陽子







サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら