「共感」とは、他人の考えや気持ちに対して、全くその通りだと感じることです。
本記事は、
ほとんどの場合、残念ながら「共感」することができないこと
人間関係全般において、特にタロット占いをするにあたっては、不用意に「共感」すべきではない、という、少し「え?」と思うような内容の記事です。
「共感」のプロセス
「共感」するプロセスは、
(1)相手から聞いた事(情報)を、自分の過去の体験や考え方になぞらえて、相手の考え方や気持ちを想像する
(2)相手の考えや気持ちが、想像した考えや気持ちと合致していれば、「分かる」と感じ、そのとき「共感」したと感じます。
「共感」のプロセス
「共感」するプロセスは、
(1)相手から聞いた事(情報)を、自分の過去の体験や考え方になぞらえて、相手の考え方や気持ちを想像する
(2)相手の考えや気持ちが、想像した考えや気持ちと合致していれば、「分かる」と感じ、そのとき「共感」したと感じます。
「共感」は実質ありえない(本記事の肝要)
人々が真の意味で「共感」できたとすれば、どんなに素晴らしいでしょう。でも、残念ながら、人は他人を十全に共感することはできません。
例えば、「失恋して寂しい」と聞いたとして、失恋した経験があれば、「分かる」と感じ、あたかも「共感」したように感じると思います。
でも、相手の失恋の事情や状況と、自分の経験の中の失恋の事情や状況が完全に一致することは実質的にありません。失恋の相手も違えば、理由も違って当然です。
であれば、相手の気持ち(寂しさ)と、自分が経験した気持ち(寂しさ)の間には乖離があり、相手の気持ちを完全に「分かる」ことはできません。相手の気持ちが完全に分からない以上、十全な「共感」なんて存在しないのです。
聞いた内容から、自分の経験や価値観で、相手の気持ちを勝手に作ってしまって、それをもって「共感」と思い込んでしまうのです。
だからこそ、「共感」したという思い込みが相手との間に溝を作ってしまうこともあります。
善意で「共感」しようとしたのに、「共感」がズレてしまうと、相手は、全然分かってくれない、とかえって傷つくこともあります。
筆者もそれで幾度となく痛い目にあいました。
寄り添い、信じる
「共感」できないのであれば、この世に救いはないのか?
そんなことはないと思うけど筆者は考えます。
「共感」できなくたって、単に寄り添い、分かれないのであれば、相手の言うことをそのまま信じればよいのです。自分の経験や価値観で勝手に判断せず、相手をそのまま受け入れる。
決して簡単なことではないですが、できなくても、そうしようと思うことが大切なんだと思います。相手を受け入れようとする気持ちは必ず通じますし、誤解も生じません。
これが、癒しになり、人々が一緒に生きている一番の精神的メリットになるように思います。
「共感」とタロット占い
上述の通り、「共感」には、自分の経験や価値観に伴う思い込みが存在します。だこら、タロットリーダーが「共感」しすぎると、タロット占いを行う時に、自分の経験や価値観に基づく、ご相談者様のお気持ちや事情と違うことを考慮してしまいます。その結果、適切な鑑定ができなかったり、一般論に終始した鑑定になってしまったりします。
タロットカードに問いかけることは、あくまでご相談者様の実際のお気持ち、事情に徹してこそ適切な鑑定ができます。
大切なのは、ご相談者様の実際のお気持ちと事情です。
一見、白状にも聞こえますが、タロットリーダーが不確かな情報に踊らされては鑑定などできません。
だから、采明は、「共感」ではなく、ご相談者様に寄り添ってタロット占いをします。それを最も重視しています。
余談「事案を異にする」
裁判では、「事案を異にする」という言葉が使われることがあります。既判力に関わる言葉なのですが、過去の裁判例の適用を主張したとしても、過去の裁判例と、今回の裁判とは、事案が違うので、過去の裁判例の判断をそのまま適用することはできない、というものです。
この例と似ているかもしれません。大切なのは、「前提」です。前提が違えば、考え方も結論も、全て違ってきます。
「共感」でも「前提」が完全に一致しないから、無闇な「共感」はかえって害になることもあるのです。