【渡部遼・埼玉県朝霞市】コードが朝に喋りかけてきた件

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朝のデスクに座った瞬間、キーボードの隙間から微かに聞こえる気配に思わず手を止めた。まるで昨日まで書き散らしたコードが、夜のあいだに勝手に呼吸を覚えたかのように、画面の奥でざわりと動いた気がしたのだ。システムエンジニアをやっていると、コードに人格を感じる瞬間は珍しくないが、この日のそれはいつもと違う種類のざわめきだった。どこか不満げで、どこか訴えかけるようで、そしてなぜか少し照れているようにも聞こえた。

私はそっとエディタを開くと、昨日まで「動いていたはず」の処理がまるで拗ねた子どものように挙動をねじ曲げていた。エラーではない、バグでもない、それよりもっと曖昧で人間くさい乱れ方だった。まるでコードが、自分の扱われ方に文句を言いたくて小さく反抗しているように思えた。こんな経験は初めてではないが、今日はなぜかその声がやけに生々しく感じられた。

私は画面に向かって小さく問いかけてみた。何がそんなに気に入らなかったのか、どこを直せば気持ちよく動いてくれるのか。しかし返ってくるのは沈黙だけで、ただカーソルがぴくりと瞬きをしているだけだった。コードというのは結局、人間が見れなかった部分を容赦なく反射してくる鏡みたいな存在だとあらためて思う。焦っていると焦ったように乱れ、丁寧に向き合うと不思議なほど素直に動き始める。

その日は午前中いっぱい、コードと無言のやり取りを続けた。エンジニアをしていると、こうした静かな戦いの時間がどうにも愛おしい。コードにはコードの言い分があり、それを聞き取れたときの快感は何度味わっても飽きない。ふと気づくと、画面のざわつきはすっかり消えていた。あの反抗的な気配もなくなり、コードは落ち着いた表情で私の入力を受け止めていた。まるで朝のひと悶着を経て、やっと心が通じ合えたような感覚だった。

その後、修正した箇所を軽く検証していると、どうにも胸がくすぐったくなる気持ちが湧いてきた。コードに人格を感じるなんて、と言われれば説明のしようがないが、それでも私はどこかで本当にあのコードが喋りかけてきたのだと思いたかった。エンジニアという仕事に長く触れていると、目に見えない感情がロジックの隙間に漂っているのを感じる瞬間が確かに存在する。私にとって今日のそれは、仕事を続ける理由を静かに思い出させてくれる出来事だった。

最後に動作確認を終えてパソコンを閉じると、朝のざわめきが嘘みたいに部屋が静まり返った。だけど私は見逃さなかった。電源が落ちる直前、画面の片隅でカーソルがほんの一度だけ明るく瞬きしたのを。あれはきっと、コードの方から送ってきた合図だったのだと思う。今日のやり取りはこれで終わりだけれど、また明日もよろしくと、そんなふうに聞こえた。

エンジニアの仕事はロジックと数字だけで成り立っているようで、その実とても人間くさい世界だ。コードが喋りかけてくる朝があるなんて誰も信じないだろうが、少なくとも私は知っている。あの静かな会話の向こうに、毎日の積み重ねがある。そしてその積み重ねが、仕事と自分をつないでくれているのだと。
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