一言で片付くシステム求む

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散らかったテーブルの前で、私は今日も文章を書いている。

開きっぱなしのノート。
飲みかけのペットボトル。
どこから来たのかわからない紙切れ。

決して整っているとは言えない光景だ。

そもそも、家の中に「私の場所」という特定のスペースはない。

子どもには子ども部屋があり、
夫には書斎がある。

私はいつも、食事を囲むためのテーブル。

このテーブルは、みんなの場所だ。

だからここには、
誰かの忘れ物が少しずつ残っていく。

子どものプリント。
夫のペン。
私のメモ。

少しずつ、少しずつ重なって、
なんとなく散らかったままの状態が続く。

本当は、
「一言で片付くシステム」
みたいなものがあったらいいのにと思う。

「はい、リセット」
「はい、最適化完了」

ワンクリックで、机も人生も整うようなやつ。

でも現実は、
散らかったまま、今日も私はここに座っている。

そしてふと思う。

散らかりは、
片付かない結果ではなく、
何かをしている途中なんだと思う。

今まさに、考えて、動いて、生み出している途中。

だから、散らかっている。

止まっていない証拠だ。

そう考えると、
この光景は失敗ではなく、経過なのだと思えてくる。

だから、悲観する必要はない。

もちろん、片付ける必要はあるけれど。

ふと気がづく。
これは机だけの話じゃない。

体も同じなんだと。。

疲れが抜けきらず、
あちこちが重たくて、
調子がいいのか悪いのかもよくわからない。

思考も、感情も、身体も、
全部がきれいに整列しているわけじゃない。

でもそれは、
人生が停止していないということでもある。

整ってはいないけれど、稼働している。

きれいに片付いた人生より、
少し散らかっている人生のほうが、
私は人間らしいと思う。

散らかったテーブルの前で、
今日も私は考えている。

これは、片付いていないのではなく、
ちゃんと生きている途中なのだと。

……とはいえ。

あぁ、片づけなきゃ。

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