「隣の芝生」に心が乱れた時こそ、自分の「本当に欲しいもの」を知るチャンス

「隣の芝生」に心が乱れた時こそ、自分の「本当に欲しいもの」を知るチャンス

記事
コラム
「あの人は、自分にないものを持っている…」 
「それに比べて、自分はなんてダメなんだろう…」

あるいは、 「あの人よりは、自分の方がマシかもしれない…」

SNSを開けば、キラキラした同僚の活躍が目に入る。
友人の順風満帆な報告を聞く。
私たちは、良かれ悪しかれ、毎日、無意識に誰かと自分を「比較」して生きています。

そして、その比較の結果、心がどうしようもなくザワついたり、落ち込んだり、あるいは、ほんの束の間だけ「仮初(かりそめ)の安心感」を得たりする。
 でも、その先に、心が本当に満たされるような、前向きな力は生まれているでしょうか? おそらく、答えは「ノー」でしょう。

なぜ、私たちは「比較」することで、こんなにも心を振り回されてしまうのでしょうか。 
それは、私たちが「比較」の使い方を、根本的に間違ってしまっているからかもしれません。


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「羅針盤」を、自分を裁くための「物差し」にしていませんか?



私は、**「比較」とは、本来、自分の現在地を知るための“羅針盤(コンパス)”**のようなものだと考えています。

ここで、本物の羅針盤(コンパス)の使い方をイメージしてみてください。

 登山家がコンパスを手に取り、針が「北」を指した時、彼らは何を感じるでしょうか? 
「くそっ、なぜ俺は北にいないんだ!」と落ち込んだり、
「南にいるやつより、俺はマシだ!」と優越感に浸ったりするでしょうか? そんな人はいませんよね。

彼らは、ただ**「なるほど、北はあっちか。そして、自分は今ここにいるな」と、“事実”**を確認するだけです。 
羅針盤は、それ以上でも、それ以下でもない、単なる「観測するための道具」にすぎません。

では、なぜ私たちは「比較」という羅針盤を使った時、心が乱れるのでしょう? 
それは、私たちが羅針盤(=比較対象)が指し示す事実に、自分の「過度な期待」や「憧れ」「不安」といった、ありとあらゆる感情をベッタリと貼り付けてしまっているからです。

羅針盤の針が「憧れの姿」を指した時、私たちは「事実」を見るのではなく、そこに「届かない自分」という**“評価”を見てしまう。
 「安心できる姿」を指した時、私たちは「事実」を見るのではなく、
「行動しなくても大丈夫な理由」という“言い訳”**を見てしまう。

それはもう、羅針盤ではありません。 自分や他人を傷つけるための**“物差し”であり、“武器”**です。


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「比較」で心がザワついた時こそ、最大のチャンス



では、どうすれば「比較」を、自分を苦しめる物差しから、自分を導く羅針盤へと変えることができるのでしょうか?

その答えは、**「羅針盤(比較対象)を見る」のをやめ、「羅針盤を見ている『自分自身の心の動き』を観測する」**ことです。

「あの人を見て、なぜこんなに心がザワつくんだろう?」

「あの人の成功を、なぜ素直に喜べないんだろう?」

「あの人の失敗を見て、なぜ、自分は少しホッとしているんだろう?」

その「ザワつき」や「ホッとした気持ち」こそが、羅針盤が指し示している、あなたの**「本当の現在地」**です。

それは、あなたの心が「本当は何を求めているか」、**「何を恐れているか」**という、何よりも貴重な“事実”なのです。

心が乱れた時こそ、チャンスです。 
「あの人が羨ましい」で終わらせず、「なるほど、私は今、あの人が持っている**『自由』や『自信』**を、心の底から求めているんだな」と、自分の「現在地」に気づくこと。

そこまでできて初めて、比較は「羅針盤」として機能します。

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私の「一貫性のなさ」を支えてくれた、私だけの羅針盤



私自身、20回を超える転職を経験してきました。 
他人から見れば、そのキャリアは「一貫性がない」「飽きっぽい」と指摘されても仕方のないものだったでしょうし、実際にそう言われたこともあります。

もし、私が他人という「羅針盤」だけを見て、
「立派なキャリアとは、一つの会社で昇進することだ」という価値観に自分を当てはめようとしていたら、とっくに自己嫌悪で潰れていたでしょう。

しかし、私は「比較」するたびに、自分の心の「ザワつき」を観測し続けました。 
「なぜ、あの人の働き方に違和感を覚えるのか?」 「なぜ、この瞬間には心が躍るのか?」

そうやって、自分だけの羅針盤(=自分が本当に大切にしたい価値観)を、少しずつ作り上げていったのです。
 今では、他人との比較で心が乱れることはありません。
なぜなら、それは**「自分が進むべき道が、これで合っているか」を再確認するための、最高のツール**になったからです。


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あなたの「羅針盤」、正しく使えていますか?


「比較」は、決して悪いことではありません。
 それは、私たちが持つ、素晴らしい能力の一つです。

しかし、その使い方を間違えると、途端にあなたを苦しめる凶器に変わります。 
他人を測るためでも、自分を安心させるためでもなく、ただ、自分の
「現在地」を知るために使う。

あなたの心が「ザワッ」としたら、それはチャンスです。
 あなたの羅針盤が、あなたにしか見えない「本当の宝物(=あなたの本音)」のありかを、指し示してくれているのかもしれません。


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