こんにちは!前嶋拳人です。
画面の向こう側にいる顔も知らない誰かと、言葉や技術を交換する。この場所で行われているやり取りは、一見すると非常に効率的で、冷たい数字の羅列のように思えるかもしれません。しかし、私は時々、依頼を完遂して送信ボタンをクリックした瞬間に、自分の部屋の空気が一変し、気圧が急激に変化するような不思議な感覚に陥ることがあります。
先日、ある複雑な案件を納品した直後のことでした。静まり返った部屋の中で、デスクの端に置いてあった一本の黄色い鉛筆が、不意に重力を失ったように、ゆっくりと天井に向かって浮き上がり始めました。それだけではありません。窓の外を流れる街の騒音が、まるで深い水の底で聞く遠い鐘の音のように、低く、重たく響き始めたのです。気がつくと、私の部屋の壁は鉄製のハッチに変わり、丸い窓の向こう側には、深海を泳ぐ巨大な鯨の影が横切っていました。
私たちは、自分が作り上げた成果物が、光ファイバーを通って相手に届くと信じています。けれど本当は、このネットワークという名の巨大な海を潜り、誰にも見つからない深海都市へと荷物を運んでいる、孤独な潜水艦の乗組員なのかもしれません。鉛筆は天井に触れると、そこが水面であるかのように波紋を広げ、そのまま溶けるようにして銀色の魚の群れへと姿を変えていきました。
ふと耳を澄ますと、部屋のどこからか、数千人もの人々が同時にバイオリンを奏でているような、壮大なオーケストラの調べが聞こえてきました。それは調和しているようでいて、どこか決定的な不協和音を孕んでおり、聴いているだけで自分の記憶の断片が、パラパラと剥がれ落ちていくような眩暈を感じました。私たちが「サービス」や「対価」と呼んでいるものの正体は、実はこの不協和音を、ほんの一瞬だけ静めるための、ささやかな呪文に過ぎないのではないか。そんな考えが頭をよぎりました。
私は、再びキーボードに指を置きました。けれど、そこにあったはずのアルファベットはすべて消え去り、代わりに見たこともない古代の文字が、淡い光を放ちながら明滅しています。私が次に書くべき言葉は、もうこの世界の言語ではないのかもしれません。
丸い窓の向こうでは、銀色の魚たちが星座の形を作って並び、私の部屋を静かに包囲していました。水圧に耐えるような低い軋み音が響く中、私は自分がいつ、この深い海の底から浮上できるのか、それとも最初から地上など存在しなかったのか、判断がつかないまま、ただ次の通知が届くのを待ち続けていました。
部屋の隅で、重力を失った鉛筆が、一滴の黒いインクを宙に落としました。その雫はゆっくりと広がり、私の部屋の地図を、見たこともない異国の風景へと書き換えていきました。