食事の正解を探す前に、人類の歴史を振り返ってみる
現在は、身体や食事について何かを語るときに、
「そのエビデンスはありますか?」
と求められることが増えました。
もちろん、研究やデータを確認することは大切です。
しかし私は、食事や身体の問題を考えるうえでは、エビデンスだけでなく、
人類が何を食べて生きてきたのかという歴史的な視点も必要だと考えています。
「何を食べるか」だけでいいのだろうか
食事について語られるとき、多くの場合は、
「これを食べると身体によい」
「この栄養素を摂ったほうがよい」
という話になります。
そこで紹介されることが多いものの一つが、マクガバン・レポートです。
一方で、ウェストン・A・プライス博士が、
伝統的な食生活を続ける人々と近代的な食生活に変わった人々を比較した『食生活と身体の退化』については、あまり知られていません。
マクガバン・レポートが「何を食べるか」という方向から食生活を考えているとすれば、
プライス博士の研究は、砂糖や精製穀物、加工食品などが広がる前後で、人の身体にどのような変化が起きたのかを観察したものです。
つまり、
「何を食べたほうがよいのか」
という発想だけでなく、
「何を食べるようになってから、身体の問題が増えたのか」
という反対側からの考察です。
私は、この視点が現在の食事療法には足りていないと感じています。
人類が食べてきた期間から考える
人類の長い歴史から見れば、砂糖や精製穀物、植物油、加工食品を日常的に大量摂取するようになったのは、比較的新しい出来事です。
その一方で、私たちの身体の基本的な仕組みが、短期間で大きく変わったわけではありません。
だから私は、食事を考えるときに、最新の研究結果だけを見るのではなく、
「人間は本来、何を食べてきたのか」
「食生活が近代化してから、何が変わったのか」
「現在の不調と食生活の変化に、どのような関係があるのか」
という歴史的な流れを大切にしています。
私の基本的な考え方は、
【歴史>エビデンス】
です。
これは、エビデンスを否定するという意味ではありません。
研究結果だけで答えを決めるのではなく、歴史や生活環境、身体の反応、その人が実際に食べてきたものまで含めて考えるということです。
歴史を知ると、同じことの繰り返しが見えてくる
「歴史は繰り返す」といわれます。
戦争や政治の歴史を振り返ると、時代や国が変わっても、人はよく似た判断や失敗を繰り返していることがわかります。
食の歴史も同じです。
便利さや経済性が優先され、従来の食生活が急速に変わったとき、身体には何が起きたのか。
その変化によって得たものと、失ったものは何だったのか。
過去を振り返ることは、昔の生活へそのまま戻るためではありません。
歴史を知ったうえで、
「では、現代を生きる私たちはどうしたらよいのか」
を考えるためです。
「論破」ではなく、考えを深めるための議論を
現在は、意見が違う相手をすぐに否定したり、「はい、論破」と勝ち負けを決めたりする風潮があります。
しかし、誰の考え方にも、足りない部分や見落としている部分があります。
自分の考えが最初から完璧なのではなく、異なる考えを持つ人との対話によって、自分では見えていなかった部分に気づくことができます。
議論の目的は、相手を言い負かすことではありません。
互いの考察を持ち寄り、より深く考えることです。
これは食事だけでなく、病気や症状、家族関係、社会の問題を考えるときにも必要な姿勢だと思います。
あなたの身体にも、これまでの歴史があります
同じ症状でも、原因や背景は一人ひとり異なります。
これまで何を食べてきたのか。
どのような生活をしてきたのか。
いつ頃から調子を崩したのか。
症状が現れる前に、生活や人間関係にどのような変化があったのか。
その人自身の歴史を振り返ることで、現在の症状につながる手がかりが見つかることがあります。
インターネットで見つけた「身体によい食事」を試しても変化がない方や、
情報が多すぎて何を信じたらよいのかわからなくなっている方は、一度、ご自身の食事と身体の歴史を整理してみませんか。
あかつき道整骨院では、現在の症状だけを見るのではなく、
食生活、生活習慣、心の状態、家族関係なども伺いながら、問題の背景を一緒に考えていきます。
一方的に正解を押しつけるのではなく、
「なぜ今の状態になったのか」
「改善した先で、どのような生活を送りたいのか」
を考えるための相談です。
身体や食事について、一人で考えても答えが見つからない方はご相談ください。
【身体・心・生き方を整えるために】
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