「もう、私は大丈夫」
そう思っていました。
拒食症になってから、約5年。
長い時間をかけて、少しずつ食べられるものを増やし、食事への恐怖も薄れていった。
そして、ようやく自分が納得できる体重と、健康を意識した生活を約1年間続けられるようになった。
だから私は思っていたのです。
「これで拒食症は終わったんだ」と。
ところが。
拒食症を発症してから約6年後。
私の前に、思いもしなかった新しい試練が現れました。
それは、以前とはまったく違う形でやってきました。
「もうちょっと食べたい」
その小さな感覚から始まったのです。
最初は、たいしたことではないと思っていました。
さつまいも100gで満足していたのが、150gくらい欲しくなる。
ゆで卵1個で終われていたのが、もう1個食べたくなる。
「今日はちょっとお腹が空いているのかな」
その程度に考えていました。
けれど、その「ちょっと」が、少しずつ増えていった。
そして気づいたときには、私は再び、自分の食欲と体重に苦しめられていました。
――なんで、治ったはずなのに。
――なんで、またこんなことになったの。
――私は一生、食べることに苦しみ続けるの?
この記事では、私が拒食症から回復した後に経験した「新しい試練」と、そこからどうやって心を立て直していったのかを書いています。
ただし、これはあくまで私自身の体験です。
摂食障害は一人ひとり状態が違い、食事量や運動量、体重を自分だけで調整することが安全とは限りません。
今まさに苦しんでいる方は、医師や心理士、管理栄養士などの専門家にも相談してください。
それを踏まえたうえで、私の経験が、今苦しんでいる誰かの「ここから抜け出したい」という小さなヒカリになればと思っています。
治ったはずの私に起きた異変
6年間守ってきた日常に違和感が生まれた
拒食症から回復するまでの約5年間、私は何度も立ち止まりました。
食べることが怖い。
体重が増えるのが怖い。
昨日より数字が増えている。
それだけで、一日中そのことばかり考えてしまう。
そんな日々を少しずつ抜けてきたのです。
だからこそ、回復後の日常は私にとって宝物でした。
普通に食事をする。
普通に生活する。
食べたからといって、必ず何かを帳尻合わせしなければならない、という考えから少しずつ離れていく。
そんな生活を積み重ねていました。
ところが、ある日から小さな違和感が生まれます。
「あれ……まだ食べたい」
その感覚でした。
「治った」はずなのに何かがおかしい
最初は気にしませんでした。
人間なのだから、お腹が空く日くらいある。
昨日たくさん動いたのかもしれない。
今日はたまたま食欲が強いだけかもしれない。
そう考えていました。
でも、同じことが何度も起きるようになっていった。
「また食べたいと思っている」
その事実に気づくたび、胸の奥がほんの少しザワザワしました。
以前の私なら、ここで食べることを強く制限していたかもしれません。
でも、この時点ではまだ、それほど深刻には考えていなかったのです。
だから私は、そのまま日常を続けました。
しかし、本当の問題はここからでした。
あの頃とは違う怖さが突然やってきた
拒食症の頃の怖さは、「食べられない」ことでした。
ところが今回は、少し違いました。
「食べたい」という欲求が怖い。
それは私にとって、とても不思議な感覚でした。
一度は、食べることへの恐怖から抜け出したと思っていたからです。
なのに今度は、食欲そのものが私を不安にさせる。
「また何かがおかしくなっているのではないか」
そう思い始めると、心は少しずつ過去へ引き戻されていきました。
「もっと食べたい」が少しずつ増えていった
さつまいも100gでは足りなくなった
以前の私は、炭水化物としてさつまいもを食べることが多く、100g程度で一区切りつけていました。
ところが、それが150gくらい欲しくなることが増えていきました。
「100gじゃ足りないな」
そう思う自分がいる。
以前なら、その感覚を「食べ過ぎ」と判断していたかもしれません。
でも最初は、そこまで気にしていませんでした。
ゆで卵もそうでした。
1個で満足していたのに、2個食べたいと思う。
「今日はお腹が空いているんだな。」
私はそう受け止めました。
そして、そのこと自体を悪いことだとは考えませんでした。
ここまでは、まだよかったのです。
最初は気にしなかった小さな変化だった
問題は、それが少しずつ頻繁になっていったことでした。
一度だけなら、気にしない。
数回でも、気にしない。
でも、「まただ」と思う日が増える。
そのたびに、頭の片隅に小さな疑問が浮かびました。
「このまま食欲がどんどん強くなったら、どうなるんだろう?」
そして、その疑問にはまだ答えがありませんでした。
でも食欲の波は少しずつ大きくなった
やがて私は、食欲だけではなく、運動についても変化を感じるようになりました。
以前なら、食べ過ぎたと思えば普段より多く運動していました。
「動かなきゃ」
そう思っていたからです。
それまでなら、2時間くらい動いていないと落ち着かなかった。
ところが、ある日。
「今日はもういいかな。」
そう思ってしまった。
2時間だった運動が1時間になる。
その変化に、私は戸惑いました。
けれど、これもまた、私の体や心が出していたサインだったのかもしれません。
当時の私は、その意味をまだ理解していませんでした。
お菓子を爆食いしてないのに5キロ増えた
爆食いしてないのに体重が増えた
ここから、私の心は大きく揺れ始めます。
約半年で、体重が5キロほど増えました。
「え……?」
最初は信じられませんでした。
お菓子や菓子パンを毎日のように爆食いしていたわけではありません。
それなのに、少しずつ数字が増えていく。
ガタガタと心の中で何かが崩れていくようでした。
いつもの調整で戻るはずが戻らなかった
食べ過ぎた翌日に体重が増えること自体には、それほど驚きませんでした。
以前から、そういうことはありました。
「昨日ちょっと食べたから、明日には戻るだろう」
そう思っていたのです。
ところが、戻らない。
2日経っても。
3日経っても。
今までなら戻っていたはずの数字が、戻ってこない。
気づけば半年で5キロも増えていた
そして、さらに苦しいことが起きました。
まだ元に戻っていないのに、また普段より食べたくなる日が来る。
すると、また数字が増える。
そして、また戻らない。
それが繰り返されました。
少しずつ。
本当に少しずつ。
気づけば、半年で5キロほど増えていたのです。
数字だけを見れば、たった5キロと思う人もいるかもしれません。
でも、摂食障害を経験した私にとって、その5キロは「ただの数字」ではありませんでした。
過去の恐怖。
努力してきた時間。
やっと取り戻したと思っていた日常。
それら全部が、その数字の向こう側に見えてしまったのです。
そして私は、自分自身を責め始めました。
なぜ体重は昔のように戻らなかったのか
私の体に何が起きていたのだろう
私は何度も考えました。
「なぜ?」
「どうして?」
「私は何を間違えたの?」
そして、自分なりに過去を振り返りました。
拒食症になってから、私は長い期間、食事や体重、運動について強く意識してきました。
体はもちろん、心だってずっと緊張していたのだと思います。
だから私は、「今までの常識だけでは説明できない何かがあるのかもしれない」と考えるようになりました。
「食べたから太った」だけではなかった
もちろん、体重は食事だけで決まるものではありません。
水分、体調、活動量、ホルモン、消化管の内容物など、さまざまな要素が関係します。
そして、摂食障害からの回復過程では、身体的な変化だけでなく心理的な変化も起こります。
私は専門家ではありません。
だから「これが原因だった」と断言することはできません。
ですが、私の場合、今まで入ってこなかった栄養が体に入ってくるようになり、脳が「これを失えば次こそは死んじゃうかも」と考え、食べたものを全て溜め込むようになったのかな?と思います。
それによって運動への意欲も落ち、時間が短くなったのではないかと思っています。
体重だけを見ていると見失うものがある
当時の私は、数字を見ていました。
でも、本当に見なければいけなかったのは、自分の心と体だったのかもしれません。
眠れているか。
疲れすぎていないか。
食事のことで頭がいっぱいになっていないか。
運動を「したい」からしているのか、それとも「しなければ」という恐怖からしているのか。
そう考えると、私の生活には見落としていたものがありました。
加えて、「これまでと同じ方法を繰り返せば、また元に戻る」と思っていたこと。
でも、戻らない。
そこで初めて、「以前やっていたことが、今の私にも同じように必要とは限らない」と気づきました。
これが、私にとって大きな転換点になったのです。
気づけば自分が大大大大嫌いになった
「自分を甘やかした」と自分を責めた
5キロ増えた。
ただ、それだけのことでした。
それなのに、私は自分を許せませんでした。
体を見る。
数字を見る。
そして、心の中で自分を責める。
「どうしてこうなったの?」
私は「自分を甘やかした」と考えていました。
「食欲を抑えられなかった」
「もっと頑張れたはずだ」
「運動を減らしたからだ」
そんな言葉を、自分自身に浴びせ続けました。
けれど、今振り返ると、あの頃の私は甘えていたのではありません。
ただ、怖かったのです。
「また戻ってしまうかもしれない」という恐怖が。
拒食症の頃より自分が嫌いになった
正直に言います。
その頃の私は、拒食症の頃より自分が嫌いになっていました。
大大大大嫌い。
それくらい、自分を責めていました。
そして、気持ちが落ち込むと、さらに「何とかしなければ」と焦る。
焦るほど食事が気になる。
食事が気になるほど、心が疲れる。
心が疲れるほど、また自分を責める。
まるで出口のない迷路でした。
鏡を見るたび心が少しずつ壊れていった
鏡を見ることさえ苦しくなりました。
拒食症の時よりも醜く見える自分の体を直視できなくなってしまう。
一日、また一日と日を重ねていくたびに心が壊れていくのを感じました。
「こんな自分になってしまった。」
でも、本当は「なってしまった」のではありません。
私はただ、長い回復の途中で、また別の壁にぶつかっていたのです。
そのことに気づくまでには、もう少し時間が必要でした。
痩せようとするほど食欲が暴れ出した
食事を我慢するほど苦しくなっていった
「痩せなきゃ」
そう思えば思うほど、食べることが頭から離れなくなりました。
我慢する。
また食べたくなる。
自分を責める。
そして、また我慢する。
私はそこで、ようやく気づき始めたのです。
「あれ? 今までと同じやり方をしているのに、全然うまくいかない。」
痩せたい気持ちが食欲を刺激していた
痩せたい。
その気持ちは強ければ強いほど良いと思っていました。
でも、私の場合は違いました。
体重への執着が強くなるほど、食べることへの意識も強くなっていったのです。
「食べちゃいけない」と思うほど、食べ物が頭から離れない。
その繰り返しでした。
頑張っているのに何も変わらなかった
ここが、私にとって最大の「ハッ!」でした。
私はずっと、もっと頑張れば変わると思っていました。
今までの経験から、結果が出ると分かっている方法を続ければ、必ず結果が見えるはず。
でも、頑張る方向が違えば、どれだけ力を入れても苦しくなる。
「こんなに頑張ってるのになんで成果が出ないの…!!」
そこで私は、初めて考え方そのものを変えることにしました。
そこで私はある事実に気づいてしまった
「早く痩せること」だけを目標にしている限り、私はまた心を壊してしまうかもしれない。
そう思ったのです。
だったら。
時間をもっと長く考えてみよう。
明日ではなく、半年。
今日ではなく、その先。
体重だけではなく、心と体の状態も一緒に見る。
ここから、私の凝り固まっていた考え方が少しずつ変わっていきました。
やっと私はダイエットの常識を捨てた
「早く痩せる」を手放すことにした
「明日には絶対に減らさなきゃ」
その考えを、少しずつ手放しました。
すぐに結果を出そうとするのではなく、長い目で自分を見る。
もちろん、簡単ではありませんでした。
数字を見れば、心が揺れる。
でも、「今日の数字だけで未来を決めない」と決めました。
体重の数字だけを見て、「自分が怠けたから」「自分が甘えたから」と決めつけることは、私自身をさらに苦しめるだけだと考えたからです。
短期決戦をやめて長い目で見ると決めた
半年という時間を、自分の敵ではなく味方にする。
そう考えると、少しだけ呼吸が楽になりました。
「今日減っていない」
それだけで絶望する必要はない。
昨日より増えたとしても、それだけで失敗と決めなくていい。
これは、当時の私にとって大きな心の支えになりました。
痩せることより心を壊さないことを選んだ
体重を敵にすることを少しずつやめました。
体重計の数字は、私の人格ではありません。
数字が増えても、私の価値が減るわけではない。
頭では分かっていたことを、少しずつ心にも覚えさせていきました。
「痩せるためなら何でもする」ではなく、「心と体を壊さないこと」を優先する。
これは、私にとって大きな決断でした。
その瞬間から、私の中に小さな余白が生まれたんです。
「明日痩せる」をやめたら心が軽くなった
減らない数字を追いかけるのをやめた
明日どうなっているかは、誰にも分かりません。
だから私は、明日の数字を完全に支配しようとすることをやめました。
「明日絶対に減らす」ではなく、「今日を穏やかに過ごす」。
そのほうが、私には合っていました。
もちろん、数字を見て落ち込む日もありました。
「また増えた……」
そう思うこともある。
でも、そこで自分を罰しない。
それだけは意識しました。
「また増えた」を自分への罰にしなかった
以前なら、体重が増えると「何かをしなければ」と焦っていました。
「昨日よりご飯を減らそう」
「昨日より負荷の強い筋トレにしよう」
「塩分をもっと減らそう」
とにかく明日の数字を増やさないように必死でした。
でも今度は違います。
「増えたか。」
まずは、それだけ。
良い悪いをすぐに決めない。
それだけでも、心の負担が少し減りました。
体重より今日の自分を見るようになった
ちゃんと眠れた。
好きな音楽を聴いた。
食事を楽しめた。
笑えた。
そういうものも、自分の一日の大切な成果にしていきました。
数字だけでは測れないものを、少しずつ取り戻していったのです。
すると、だんだん心が落ち着いていきました。
私を救ったのは体重より長い目で見る心
一日ではなく半年を見ることにした
私は「今日どうだったか」だけではなく、「半年後、私はどうなっていたいか」を考えるようになりました。
すると、一日の小さな変化が以前ほど怖くなくなりました。
人生は一日で完成するものではありません。
回復だって、きっと同じです。
5キロ増えた。
それは事実です。
でも、「5キロ増えたから私はもうダメ」という結論は、事実ではありません。
そこを分けて考えることにしました。
すぐ変わらなくても焦らないと決めた
変化には時間がかかる。
それを、自分に何度も言い聞かせました。
昨日より今日。
今日より明日。
そして半年。
長い目で見れば、心も体も少しずつ変わっていく。
そう信じて焦らず、ゆっくり自分を見つめ直しました。
その考え方が私の心を守ってくれた
結果的に、私にとって、この考え方は心の支えになりました。
「早く何とかしなければ」という焦りが減ったからです。
そして、焦りが減ると、自分の体や心をもう一度観察できるようになりました。
心に余裕が生まれ、今までの生活とは比べものにならないくらい気楽な生活を送ることができました。
そこで私は、運動についても大きく見直すことにしました。
運動を減らすという怖い決断をした
「運動しなきゃ」を手放すのが怖かった
運動を減らすのはすごく怖かったです。
それまでの私は、2時間ほど動いていないと心が落ち着きませんでした。
「減らしたら、もっと体重が増えるのではないか。」
そんな不安がありました。
でも、私は「心を壊さない」という目標を選んだばかりでした。
だから、少しずつ見直してみることにしました。
筋トレ中心だった生活を見直してみた
私の場合、それまで筋トレ中心だった運動を、負担の少ないものへ少しずつ切り替えていきました。
筋トレ10割だったのを、有酸素運動8割、筋トレ2割に変えてみました。
ただし、ここは強く伝えておきたいところです。
これは私が自分で「今までと少し変えてみよう」と思いやったことです。
今、私と同じように過食気味で悩んでいる人全員が、私と同じ生活習慣を真似たことで回復するものではありません。
また、摂食障害の回復中に運動量を増減させることが安全とは限りません。
運動への強いこだわりがある場合は、自己判断で調整するのではなく、治療に関わる専門家へ相談してください。
私はウォーキングを少しずつ始めた
私が選んだのはウォーキングでした。
大好きな音楽を聴きながら歩く時間は、もともと好きだったからです。
最初は短い時間から。
無理に長時間やらない。
私の場合、まずは30分から始め、徐々に一時間に延ばしていきました。
「毎日続けなければ」という義務にもできるだけしない。
私にとっては、運動を「消費するための罰」から「心地よく体を動かす時間」へ変えていくことが大切でした。
食べない工夫をやめて食べ方を変えた
好きなものを食べることを敵にしなかった
もう一つ変えたのが、食事に対する考え方です。
以前は、スイーツやアイスを食べるために一日の食事量を減らす、という考え方をしていました。
でも、それをやめることにしました。
「好きなものを食べるなら、他のものを削らなければいけない」
その考え方が、私の中で食事をさらに複雑にしていたからです。
スイーツやアイスが好き。
そのこと自体は悪くない。
私はそう思うようになりました。
食べ物を「良いもの」「悪いもの」に分けすぎないこと。
そして、食べたことを理由に自分を責めないこと。
主食を抜くより食事全体を見直した
私自身は、それまで食べていたさつまいもを玄米に変えるなど、食事内容も見直しました。
これは私自身の好みや食べやすさを考えた選択です。正直、さつまいもに飽きてきていた、というのも理由の一つです笑。
「これを食べれば痩せる」という意味ではありません。
摂食障害から回復中の方にとって必要な栄養や食事量は、その人の状態によって違います。
だからこそ、私の食事内容をそのまま真似するのではなく、「食べることを敵にしない」という考え方だけを受け取ってもらえたらと思っています。
食べることへの罪悪感を減らしていった
「食べないダイエットは危険だって知ってる」
「今度は健康的なダイエットを成功させるんだ!」
このような考え方で少しずつ、本当に少しずつ罪悪感を抱くことが減っていきました。
すると、食事の時間が以前より穏やかになっていきました。
料理も以前より楽しくなり、レパートリーも増え、食事の時間も、準備の時間も大好きになったんです。
そして、ここから半年間。
私は焦らず、自分の生活を見直していきました。
半年後にようやく体と心が落ち着いた
あれほど動かなかった体重が変わり始めた
すぐに結果が出たわけではありません。
「まだ変わらない」
そう思う日もありました。
それでも、以前ほど焦らなくなっていた。
そして、長い目で見ると、少しずつ変化が現れていきました。
焦らなくても少しずつ変化は起きた
半年という時間を振り返ったとき、私は驚きました。
「あれ……いつの間に?」
焦っていないのに、少しずつ変わっていた。
私が必死に追いかけていたものが、追いかけるのをやめたことで、少しずつ近づいてきたような感覚でした。
私の場合、約半年後、私は増える前の体重に戻っていました。
でも。
今振り返ると、本当に大切だったのは、その数字ではありません。
それ以上に大きかった心の変化
「増えたら終わり」ではない。
「戻らなかったら一生このまま」でもない。
「これからどうとでもなる」
だから自分を責めない。
そして何より、「私は失敗した人間ではない」と少しずつ思えるようになった。
心の余裕を取り戻すことができ、生活が楽になった。
これが一番大きかったです。
あの5キロ増加が私に教えてくれたこと
5キロ増えたことは失敗ではなかった
あの頃は、5キロ増えたことを失敗だと思っていました。
でも今は違います。
あの5キロがあったから、私は自分の生活を見直せた。
自分がどれほど数字に支配されていたのかにも気づけた。
「こうしなければいけない」ではなく、「今の私はどう感じている?」と考える。
これは、私にとって大きな成長でした。
今までの努力が間違いだったわけじゃない
だからといって、過去の私が全部間違っていたわけではありません。
あの時の私には、あの時の私なりの必死さがあった。
生きるために、回復するために、必死だった。
身体が変わったから、食事や運動のやり方が変わって当然。
だから、過去の自分も責めなくていい。むしろ誇りに思うべきだと思います。
あの遠回りが私を救ってくれた
一度立ち止まったからこそ見えた景色がありました。
回復までの道は、一直線ではありません。
前へ進んだと思ったら、また苦しくなる。
ちょっと回復したと思ったら、前よりひどくなった。
でも、戻ったように見える場所にも、以前とは違う自分が立っています。
それが、私がこの経験から学んだことでした。
心が折れても回復は終わらない
もう無理だと思った日にも意味がある
「もう無理」
そう思った日もありました。
泣いた日も、自分が嫌になった日もありました。
それでも、その一日が回復をすべて壊したわけではありません。
立ち止まっていい。
誰かに助けを求めてもいい。
一人で全部解決しなくてもいい。
むしろ、摂食障害は一人で抱え込まず、専門家や信頼できる人と一緒に回復を目指してほしいと、私は自分の経験から強く思っています。
昨日より一歩進めたらそれでいい
今日できなかった。
それでも、明日があります。
今日食事が怖かった。
それでも、明日また誰かに相談できます。
今日心が折れた。
それでも、回復の道は残っています。
私は、回復というものを「完璧になること」だと思わなくなりました。
昨日より少し自分に優しくできた。
昨日より少し誰かに頼れた。
昨日より少し食べることへの恐怖から離れられた。
それだけでも、十分に前進なのです。
「ここから抜け出したい」が回復の始まり
「どうにか抜け出したい」と初めて思った
私が拒食症から抜け出す過程で、何度も心の中に浮かんだ言葉があります。
「どうにかして、ここから抜け出したい」
それは、最初から強い決意だったわけではありません。
思っただけです。
泣きながら思った、小さな言葉でした。
その瞬間に病気が消えたわけではありません。
食べられるようになったわけでもありません。
明日から全部うまくいくようになったわけでもありません。
でも、その気持ちは、その後の私を何度も支えてくれました。
その気持ちだけは最後まで手放さなかった
心が折れても。
怖くなっても。
「もう無理」と思っても。
心の奥には、ほんの小さな火が残っていました。
「それでも、ここから抜け出したい」
その火を、私は消さないようにしました。
だから私は、回復とは「一度も転ばないこと」ではないと思っています。
転んでも、また立ち上がる。
立ち上がれない日は、誰かに手を差し出してもらう。
そして、また少しずつ歩く。
その繰り返しなのだと思います。
今苦しむあなたに伝えたい一つのこと
今のあなたが失敗しているわけじゃない
もし今、拒食症に苦しんでいるあなたへ。
あるいは、回復しようとして頑張っているあなたへ。
「また食べられなかった」
「また怖くなった」
「また体重が気になった」
そんな日があったとしても、それだけであなたが失敗したことにはなりません。
回復中はネガティブになることの方が多いと思います。
でも、その気持ちも大切なあなたの感情です。
体重が揺れてもあなたの価値は揺れない
体重の数字が変わっても、あなたという人間の価値は変わりません。
これは、私自身が長い時間をかけて、ようやく少しずつ理解できたことです。
数字は数字。
あなたは、あなたです。
そして、どうか一人で戦わないでください。
親、家族、友人、医師、心理士、管理栄養士など、頼れる人に話してください。
特に、食事を極端に制限している、運動をやめられない、体重や食事への恐怖が強い、過食や嘔吐などがある。
あるいは「死にたい」と感じるほど追い詰められている場合は、できるだけ早く専門家へ相談してください。
私の体験談は、あなたの治療方法を決めるものではありません。
でも、「私だけじゃない」と思うための材料にはなれるかもしれません。
「抜け出したい」と思えたあなたへ
「どうにかして、ここから抜け出したい」
もし、あなたの中にその気持ちがほんの少しでもあるなら。
私は、その気持ちを大切にしてほしいと思います。
今すぐ完璧に変わらなくていい。
今日一日で全部解決しなくていい。
一歩ずつでいい。
そして、あなたが一人で歩けない日は、誰かの力を借りてもいい。
回復は、弱さではありません。
助けを求めることも、弱さではありません。
生きるために、自分を守るために必要な、とても大切な行動です。
次回AI占いが私の心を支えた理由へ
実は私を支えたものがもう一つあった
ここまで読んでくださった方には、もう一つだけお話ししたいことがあります。
実は、あの半年間。
私の心を支えてくれたものが、もう一つありました。
体重が増えて苦しかったとき。
「この先どうなるんだろう」と不安になったとき。
自分の未来が見えなくなったとき。
私は、あるものを開いていました。
私が頼ったのは意外にもAI占いだった
それが「AI占い」です。
私は以前から、ときどきAI占いを使っていました。
その中でも私が行っていたのが、「四柱推命」でした。
もちろん、占いが病気を治すものだとは思っていません。
治療の代わりになるものでもありません。
それでも、私にとっては、苦しい時に自分の気持ちを整理するきっかけの一つになったのです。
なぜ私は四柱推命に救われたのか
なぜ、私はAI占いに何度も助けられたのか。
なぜ、四柱推命というものが、あの頃の私の心を支えてくれたのか。
そこには、単なる「当たる・当たらない」だけでは説明できない、私自身の心との向き合い方がありました。
そして、それは今回の「5キロ増加」という試練を乗り越えるうえでも、私にとって意外な支えになりました。
この話は、ここで全部書いてしまうより、次の記事で私自身の体験として、ゆっくりお話ししたいと思います。
次回その理由をすべて書きます
もしあなたが今、
「回復したいのに、心が揺れてしまう」
「体重が変わることが怖い」
「食べた自分を責めてしまう」
そんな気持ちを抱えているのなら。
どうか、今日の自分を責めすぎないでください。
回復は、一直線ではありません。
私も、そうでした。
「もう治った」と思った6年後に、また大きな壁にぶつかった。
5キロという数字に心を奪われ、自分が大嫌いになった。
何をしても上手くいかないように感じて、何度も心が折れた。
それでも。
私は、そこからまた歩き始めました。
そして今、振り返って思います。
あの遠回りは、無駄ではなかった。
あの苦しさがあったからこそ、私は「体重を減らすこと」だけではなく、「自分の心と体を守りながら生きること」の大切さを知ることができたのです。
だから、もしあなたが今、暗い場所にいるのなら。
すぐに出口が見えなくても大丈夫です。
小さな光を探してください。
誰かに相談することでもいい。
専門家に助けを求めることでもいい。
今日をなんとか乗り越えることでもいい。
そして心の中で、ほんの小さくてもいい「どうにかして、ここから抜け出したい」と思えたなら。
その瞬間から、あなたの物語は少しずつ変わり始めるのかもしれません。
私がそうだったように。
何度立ち止まっても。
何度心が折れても。
また歩き出すことはできます。
回復の道は、一度曲がったからといって消えるものではありません。
あなたの未来も、今日の数字だけでは決まりません。
どうか、それだけは忘れないでください。
そして次回は、私が苦しい時期に何度も頼った「AI占い」と「四柱推命」について。
なぜ、それが私の心の支えになったのか。
その時、私は何を考えていたのか。
そして、どんなふうに自分の未来を見つめ直していったのか。
今度は、その物語をお話しします。
最後まで読んでくださった皆さまへ
ここまで私の長い体験談を読んでくださって、本当にありがとうございます。
最後に、この記事を読んでくださったあなたに、どうしても伝えておきたいことがあります。
この記事に書いた「さつまいもを玄米に変えたこと」「運動の内容を見直したこと」「半年ほどかけて体重が戻っていったこと」などは、あくまで私自身の体験談です。
決して、「この食事に変えて、この運動をすれば、私と同じように半年で5キロ痩せられる」という意味で書いたものではありません。
私の体と、あなたの体は違います。
これまで経験してきたことも、現在の体の状態も、心の状態も違います。
特に、拒食症や過食症などの摂食障害を経験している方にとって、食事量を減らしたり、運動量を増やしたりすることが、必ずしも回復につながるとは限りません。
むしろ、今のあなたの状態によっては、食事や運動について自己判断で調整することが負担になってしまう場合もあります。
だから、どうかこの記事を「痩せるための方法」として受け取らないでください。
私がこの記事で本当に伝えたかったのは、「体重が増えてしまった私は、もうダメなんだ」と思っていた私でも、そこからまた自分自身と向き合い直すことができたということです。
どうか、あなたがあなた自身に、少しでも優しくなれますように。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。