1. 毎朝4時、100gの増減で決まる私の価値
ピ、ピ、ピ……。
目覚ましが鳴る前に、私はパッと目を覚まします。
外はまだ薄暗い。
エアコンの効いた部屋の中で息をひそめ、隣の部屋にいる家族が起きないように静かにドアを開けます。
廊下を爪先立ちで歩き、洗面所へ。
鏡はなるべく見ないように。自分の体を見るのが怖いからです。
そして、毎朝恒例の「体重計」に乗ります。
小さく電子音が鳴り、数字が表示されるまでの数秒間、私は息を吐いて液晶を見つめます。
──昨日より、100g減っている。
「よかった……っ」
胸を撫でおろし、ホッと身体の力が抜けました。
たった100g。普通の人からすれば誤差みたいな数字ですよね。
でも、当時の私にとっては違いました。
この100gが減っていることだけが、私が今日も「生きていける理由」だったんです。
もし100gでも増えていたら、その日1日はパニックになり、自分を頭の中で強く責め立てる地獄になります。
100g減っていたから、昨日の私の行動は「正しい」。
だから今日の私も気を抜いてはいけない。
体重計の数字だけが、私の価値のすべてでした。
2. 家族が寝ている暗闇で、音を立てずに脂肪を削る
自室に戻り、真夏なのにヒートテックとジャージに着替えます。
暑さよりも、汗をかいて少しでも消費カロリーを上げることの方が大切だったからです。
床にヨガマットを敷き、静かに横になります。
家族にバレたら止められてしまうので、音は絶対に立てられません。
腹筋30回、足パカ、プランク1分などなど。
YouTubeやSNSで見つけた「痩せるエクササイズ」を組み合わせて作った、私だけのメニューです。
音が出るジャンプ系の運動は一切できません。
だからじわじわと筋肉を追い詰める運動ばかり。
1時間が経つ頃には、額や首筋から汗が流れて、ヒートテックが体にピチャっと張り付きます。
でも、絶対にやめられません。
やめてしまったら、その瞬間に太ってしまう気がしたからです。
3. 大好きだっただし巻き卵を捨てた日
運動が終わると、家族が起きてくる前に自分の朝食を用意します。
・ヨーグルト 50g(はかりで正確に測る)
・きな粉(大さじ2分の1杯)
・キャベツとレタス(手でひとつかみ)
・ノンオイルドレッシング(小さじ1杯)
・豆腐 150g
・タカキベーカリーのくるみパン 2個
このメニュー以外は、一口も食べられませんでした。
ちなみにお昼も「キウイ1個、ゆで卵1個、おかずを1口ずつ」と決めていました。
でも、実は少し前まで、お昼には「だし巻き卵」を食べていたんです。
京風割烹白だしを使ったダシの効いた卵焼きが大好きで、自分で作って半分だけ食べていました。
それがある日、ふと「これ、油結構使ってるよね?」と気づいてしまったんです。
ジュッという油の音を思い出した瞬間、背中に冷や汗が走りました。
「油を使っている=太る食べ物だ」と思い込んでしまったんです。
それ以来、大好きな卵焼きは二度と作らなくなりました。
代わりに選んだのが、油を一切使わない「ゆで卵」です。
好みなんてどうでもいい。
ただ「太らない数字」だけを求めていました。
母に「なんでだし巻き作らなくなったの?」と聞かれて、とっさに口に出たのが「毎日作るのがめんどくさくなったから」という答え。
「卵焼きに使う油が怖くなったから」だなんて口が裂けても言えませんでした。
4. 食べたカロリーを消すための「6時半のダッシュ」
朝食を食べ終えると、強烈な罪悪感が襲ってきます。
頭の中で「食べたんだから、今すぐ動いて消しなさい」という声が響くんです。
じっとしていられなくなり、私はジャージに着替えて外へ飛び出しました。
朝6時半の空気は、もうすでに少し生ぬるい。
近所の小さな公園を、ただぐるぐると走り続けます。
外から見れば爽やかな朝のジョギングに見えたかもしれません。
でも私にとっては、さっき食べたパンや豆腐を身体に吸収させないための時間でした。
食べたものが消化されて、身体に吸収されていくのが怖くてたまらない。
「食べることは悪いこと」「運動して消さなきゃいけない」
そんな極端な考えに、私は完全に縛られていました
5. 授業中も下校中も、1秒たりとも体を休めない恐怖
朝のジョギングから帰ると、急いで汗を拭き、身支度やお弁当の準備をして学校へ向かいます。
ですが、さっき公園を走り終えたばかりなのに、私は登校するときも全力で走っていました。
理由はただ一つ。
1秒でも長く体を動かして、少しでも消費カロリーを増やしたかったからです。
猛ダッシュで学校に着けば、普通なら汗だくで前髪もビチャビチャになりますよね。
でも当時の私は、過度な制限のせいで代謝が異常なほど悪くなっていました。
汗はじんわりかく程度で、水滴となって肌を伝い落ちることなんて滅多になかったんです。
今思えば、身体からの悲鳴だったのだと思います。
地獄は学校に着いてからも続きます。
授業中、椅子に座っている時も絶対に背もたれには寄りかかりません。
膝とくるぶしをぴったりと隙間なく閉じる。
起きている間は、ずっとお腹に力を入れ続けていました。
実は拒食症になる前、私には足を組む癖があったんです。
でもある日「足を組むと骨盤が歪んで足が太くなる」という情報を目にしてから、恐ろしくなって一切組めなくなりました。
(まあ、これは結果的に姿勢が良くなったのでいいことですけどね笑)
下校チャイムが鳴ると、帰り道ももちろんダッシュです。
1秒でも早く家に帰って、次の運動に取りかかりたかったから。
ずっと全身に力を入れ、一瞬たりとも止まらず動き続ける毎日。
当時の私の体は、もう限界を超えて疲れ切っていたはずです。
それでも「休む=太る」という強烈な恐怖が、私を休ませてくれませんでした。
6. 「私なんかが食べてごめんなさい」という呪い
夜になると、リビングから美味しそうな夕食の匂いが漂ってきます。
家族がテーブルを囲む中、私の皿に乗っているのは、きゅうり半分とトマト1個。
でも日が経つにつれて、私はそれらの野菜すら食べなくなっていました。
「夜だからカロリーはゼロにした方がいい」という歪んだ考え。
そしてそれ以上に
「私みたいな人間が、お金を払って買ったご飯を食べるなんて申し訳ない」
「少しでも食費を少なくしないと」
という気持ちが大きくなっていったんです。
「食べたら太る」「私なんかが食べちゃいけない」
という強い呪いが、私から食べものを奪っていきました。
次第に空腹も感じられなくなり「朝はこれ、昼はこれ、夜は食べない」が普通になっていってんです。
7. 湯船の中で歯を磨いていた本当の理由
夜、今度は縄跳びを持って外に出ます。
暗がりの中で、ただ黙々と前跳びを30分間。
息が切れてコケそうになってもやめません。
帰ってきたらすぐにお風呂場へ。
「お風呂でリンパを流すと痩せる」「汗をかけば水分が抜けて体重が減る」と知ってからは、お風呂も運動の場所になりました。
腕が疲れるくらい足をマッサージし、41°Cの湯船に20分浸かる。
少しでも長く湯船に浸かって汗を出すために、私は歯磨きすらお湯の中でやるようになったんです。
「痩せたい、もっと痩せなきゃ」
そう思いながら、のぼせるまでお湯に浸かる。今思えば異常ですよね。
でも当時の私は「これで憧れのTWICEみたいな女の子になれる」と本気で信じていました。
8.自分の姿を見るのが恐ろしかった
当時の私は自分の体を見るのも、見られるのも本当に嫌でした。
この感情は拒食症だと気づいてから湧いてきたのです。
ある日、母に一度だけ「後ろ姿を撮ってもいい?」と言われたことがあります。
「骨と皮の体を見れば回復の一歩を踏み出せるかもしれないから」と。
しかし、私は「絶対無理!!」と叫んで断固拒否しました。
現実を突きつけられるのが恐ろしくてたまらなかったんです。
それに、鏡を見ても自分が細いって信じられないのに、写真とっても意味ない!と。
自分の痩せ細った姿に危機感を持つことすらできず、私の目には
「まだお腹に肉がついている」「足の隙間が足りない」としか映らなかったのです。
私はただ自分を追い詰め続けていて、 もう自分では止まり方が完全に分からなくなっていました。
私にとって自分の体を見るという行為自体が、強い恐怖そのものになっていたんです。
だから体重計の数字と自分の努力だけが信じられるものでした。
回復した後、母から「あの時の〇〇はやばかった」と言われても
「そんなにー?」という感じでピンと来ないんです。
回復した今では、当時の体の写真を1枚くらい撮っておけば良かったと思っています。
そうすれば、拒食症の恐ろしさを忘れずに済むと思うので。
9. 38.7度の熱が出ても、スクワットを止められなかった理由
ある朝のことです。
目覚ましで起きると身体が燃えるように熱く、節々が痛みました。
フラフラしながら体温計を脇に挟むと、表示されたのは『38.7℃』。
普通なら「今日は布団で休もう」と思いますよね。
でも、私の頭に真っ先に浮かんだのは「今日の運動、どうしよう」という恐怖でした。
休んだら絶対に太る。
1日サボったら、二度と戻れなくなる。
その恐怖の方が、高熱の苦しさよりもずっと強かったんです。
私は親にバレないように解熱剤を飲み、フラフラの身体でいつもの筋トレを始めました。
頭がガンガンして、体が重くても運動を止めることはできませんでした。
学校も休まずに行きました。
休んで遅れをとるのが怖かったからです。
夜22時、すべての運動を終えてベッドに倒れ込んだとき、高熱と運動の疲れで心臓がバクバクと鳴り響いていました。
それでも「明日も朝4時に起きて、いつも通りに過ごさないと」と思いながら目を閉じました。
最後に:この暗闇の果てに
私はこの生活を、365日、一日も休まずに続けていました。
友達とおしゃべりしながら食べるお菓子も、家族との外食も、全部断って逃げていました。
「太るのが死ぬほど怖かった」からです。
「太るぐらいなら死んだ方がマシ」とすら思っていました。
でも、今振り返ると、あの頃の私はただ必死に生きようとしていただけなんだと思います。
痩せることだけが「自分の生きてていい理由」を作る方法だったから。
このnoteは、まだ「こうして克服しました!」というハッピーエンドのお話ではありません。
けれど、こんな風に心も身体もボロボロだった私が、どうやってこの暗闇から抜け出すことができたのか。
その本当のプロセスを、皆さんと共有出来たらと思っています。
もし今、あなたが同じように「食べるのが怖い」「自分が嫌い」と苦しんでいるなら。
「あなただけじゃないんだよ」ということが、少しでも伝わったら嬉しいです。
次回の記事も、楽しみにしていてくださいね。