「全然細くない……」
鏡に映る自分の姿を見て、私は本気でそう思っていました。
周りから見たら頬はこけて、肩や背中の骨がゴツゴツと浮き出ている。
それなのに、頭の中の私は「まだ太い、もっと痩せなきゃ」って叫び続けているんです。
いま、もしあなたが「食べるのが怖い」って毎晩ひとりで泣いているなら。 あるいは、大切な大切なお子さんがご飯を食べられずに苦しむ姿を、胸を締め付けられる思いで見守っているなら――。
どうか、少しだけ私のセカイの話を聞いてください。
これは、一人の女の子が「痩せたい」と願った小さなきっかけから、命のギリギリまで追い詰められ、そして「おいしい」を心から取り戻すまでの、5年間の不器用な物語です。
読み終わる頃には、あなたの心に、小さくて温かいあかりが灯りますように。
1. 始まりは、ある女の子への小さなジェラシーだった
それは、私が小学6年生のときのことです。
私の視界にはいつも一人の女の子がいました。
名前はMさん。
私と同じ165センチの身長なのに、モデルを目指している彼女の足はすらりと長くて、ウエストも本当に細かった。
その横に立つたびに、私の心の中で、冷たい声が聞こえるようになりました。
「私は太ってる」「私には価値がないんだ」って。
Mさんの可愛い笑顔を見るたびに、自分の胸の奥がチクッと痛む。
「細さこそが、すべてなんだ」
そう思い込んだ私は、誰にも言わずに、静かにダイエットの扉を開けてしまったんです。
最初は本当に健康的に痩せるつもりだった。
テレビで見かけた、食事の前に野菜を食べる「ベジファースト」から始めました。
夜ご飯前のお菓子をやめて、体重計の数字がひとつ減るたびに、胸の奥で小さな火がパッと灯るような嬉しさがありました。
「私、がんばれてる!」って。
でも、本当の問題はここからだったんです。
気づけばその火は、私の心をチリチリと燃やし尽くそうとしていました。
ご飯を抜くのが当たり前になって、食卓は「おいしい場所」から「数字との戦場」に変わってしまった。
カロリー、あぶら、砂糖。
私は食べ物を見ているんじゃなくて、ただの「数字」を見て怯えるようになっていきました。
2. ポテトチップスが「敵」に見えた日
小学生の頃、あんなに大好きだったチョコレートやドーナツ。
それが、ある日突然「ぜったいに食べてはいけない敵」みたいに怖くなっちゃっいました。
友達の家での誕生日パーティー。
目の前には、カラフルで美味しそうなケーキやお菓子がいっぱい並んでいます。
みんなが「おいしいね!」って笑っている中で、私は一口も食べられませんでした。
手が震えるんです。
「食べたくない」じゃない。
「食べたら、すべてが終わってしまう」と思い込んでいたから。
次の朝、裸になって、息を吐きながら、そっと体重計に乗ります。
ピッ。
この音が、毎朝の私の裁判でした。
たった100グラム減っていれば「私は生きてていいんだ」って思える。
逆に増えていたら「昨日の一日の努力は全てムダに終わった…」って地獄に落ちる。
ねえ、変だと思いませんか?
みんなが朝ごはんを楽しみに起きるのに、私は生きるか死ぬかを体重計に決めてもらっていた。
しかも、一番怖かったのは「ゴールがないこと」でした。
「48キロになったらやめよう」と思っても、達成すると「次は45キロ」「次はもっと」って、次々に新しい目標が現れる。
どこまでいけば、私は私を許してあげられたんだろう?
止まりたくても、エスカレーターの逆走みたいで、もう止まり方がわからなくなっていました。
3. 画面の向こうの「まぶしさ」が、私を狂わせていった
そんな私を、さらに追い詰めたものがあります。
大好きなK-POPアイドル、TWICEのメンバーたちでした。
あんなに可愛くて、パワフルに踊って、みんな信じられないくらい細くて美しいスタイル。
今は「細い=スタイルがいい」とは思わなくなりましたが、当時の私は「細い」が正解でした。
スマホの画面で彼女たちを見るたびに、ため息が出る。
「どうして私は、あんな風になれないんだろう」
鏡を見るのが、どんどん嫌になっていきました。
細くないと、誰からも愛されない。
本気でそう信じ込んでしまった。
ネットで「(アイドル名) 体重」って調べる毎日。
出てくる数字は、私より10キロも軽くて、まばたきを忘れるくらいショックでした。
ある日、テレビでモデルの冨永愛さんを見ました。
かっこよくて、美しくて、すぐにスマホで検索した。
「身長179センチ、体重57キロ」
そのときの私は168センチで、53キロ。
「私より10センチも身長が高いのに、体重は4キロしか重くないなんて…」
今までにないくらいのショックを受けたのを今でも鮮明に覚えています。
私は「もっともっと細くならないと!じゃないと恥ずかし過ぎるわ」って心の中で呟きました。
今なら分かります。
体質も骨格も違うんだから、比べること自体がおかしいって。
でも、当時の私は、数字という幻に自分の心も体も、全部差し出してしまっていたんです。
4. 朝4時、冷たい暗闇のなかで
まだ外が真っ暗な、朝の4時。
私はだれよりも早く起きて、スマホの光だけを頼りに、リビングで体を動かし始めました。
腹筋、スクワット、足を上げる運動。
タイマーを1時間にセットして、まるでロボットみたいに動く。
汗がじんわり流れると「これで今日も体重が減る」って安心できました。
もし運動をしなかったら、その日は生きている価値がないとすら思っていたから。
運動が終わると、朝ごはん。
でも、これも仕事みたいに、決まったものしか食べちゃダメ。
「きな粉ヨーグルト、サラダ、豆腐、それと小さなくるみパンを2個だけ」
ヨーグルトにかけるきな粉も、スプーン1杯ぴったり。
お豆腐も重さをきっちりはかって。
1グラムでも多かったら、頭の中が許さないんです。
お昼のお弁当はキウイ1個とゆで卵1個。
夜は「勉強するから」って嘘をついて、自分の部屋に閉じこもる。
みんなが楽しそうにご飯を食べている声が聞こえないようにイヤホンをつけて。
お風呂に入るときは、出来るだけ体を見ないようにしていました。
自分の体を見るのがとても怖かったんです。
20分以上、汗がダラダラ出るまでお湯に浸かって、部屋に戻ったらまた夜の運動。
「キレイになりたい」
そう願っていたはずなのに、気づけば私の心は「もっと数字を小さく」に変わっていました。
中学1年生の夏を最後に、生理がパタッと止まりました。
不安だった。
でも、それ以上に体重が減るトクベツ感が嬉しかった。
それに、元々生理痛が重かったから「あの痛みがなくてラッキー!」なんて思っちゃった。
髪の毛はパサパサで抜け落ちて、指先はむらさき色でカサカサ。
それでも私はこれが低体重が原因だなんて本当に気づいていませんでした。
毎月1キロずつ「死」に向かって歩いていることにも。
5. お母さんの涙と、お医者さんの優しいひとこと
ついに、体重計の数字が「39.8キロ」になったとき。
私は「やった……!」って、部屋で小さくガッツポーズをしました。
数字が小さくなるほど、自分がトクベツな人間になれた気がしたから。
でも、その日の夜。
夜ご飯のとき、お母さんにすごく申し訳ない気持ちで、ポツリと言ったんです。
「ママ、体重、40キロ切った」って。
どうして言おうと思ったのか。
お母さんは、お箸を持ったまま、ピタッと止まりました。
そして、大粒の涙をポロポロ流して、声を震わせて言った。
「そのままじゃ、死んじゃうよ……!」
胸が、ギューッと痛くなりました。
お母さんはずっと気づいていたんだ。
でも、私を信じて、ずっとずっと我慢して、見守ってくれていた。
その優しさが、胸に深く刺さりました。
「私、普通じゃないのかもしれない」
長く張り詰めていた糸が、プツンと切れた瞬間でした。
その後、母が働く病院に行きました。
先生は、怯える私の目をじっと見て、こう言ってくれたんです。
「今のあなたはね、アドレナリンっていう興奮する物質で、無理やり動けているだけなんだよ。
だから、疲れていないんじゃなくて、体が限界なことに気づけていないだけなんだ」
ハッとしました。
確かに、いつも心はカラッポで、夜は不安で眠れなかった。
「焦らなくていいよ。今までずっと、一人でがんばってきたんだから。
今はゆっくり休もうね」
早く治さなきゃ、ちゃんと食べなきゃって、また自分を追い込もうとしていた私に、先生は「休んでいいよ」って切符をくれたんです。
その優しさが嬉しくて、診察室で涙が止まらなくなりました。
お医者さんは、体重の数字じゃなくて「最近、どんな気持ちだった?」って、私の心を見てくれたんです。
「生きたいと思えてる?」って聞かれて、私は少し考えてから、小さく「うん」って答えました。
数字じゃない。
私は、私のままで生きてていいんだ。
そう心の底から決意したとき、本当の回復への一歩が始まりました。
6. スイパラのケーキが、私の凍った心を溶かしてくれた
ある日、私の中から、小さくて可愛いわがままが飛び出しました。
「ママ、スイパラに行ってみたいなぁ」
自分でもびっくりしました。
ケーキやアイスがたくさんある、昔の私なら絶対に行きたいなんて思わない場所。
お店の前に立ったときは、心臓がドクドク鳴って怖かった。
でも、お店のドアを開けたら、甘くていい匂いと、周りのお客さんたちの「おいしいね!」っていう幸せな笑い声がいっぱいに広がっていたんです。
お母さんと一緒に、お皿に小さなケーキを並べるワクワク。
一口食べたときの、口いっぱいに広がる優しい甘さ。
「食べるのって、こんなに楽しかったんだ……!」
あの日、私はひさしぶりに「敵」を忘れて、笑顔でご飯を食べることができました。
それが、私の新しいお誕生日のような気がします。
それから、お母さんと週に一度、カフェに行くのが私たちのトクベツな時間になりました。
「今日は抹茶ラテにしようかな」 「パンケーキも、半分なら食べられるかも」
温かい飲み物を飲みながら、お母さんと他愛もないお話をする。
そうやって少しずつ、心の中にあった「食べる=怖い」という氷が、ゆっくり溶けていきました。
気づけば、私たちの会話は「体重何キロ?」じゃなくて「次はどこのカフェに行こうか?」っていう、これからの楽しいお話ばかりになっていたんです。
7. ゆっくりでいい。完璧じゃない今の私が、一番好き
私の体重は、いま52キロ前後で落ち着いています。
昔の私が見たら「太っちゃった…」って泣くかもしれない数字。
でも、今の私にとっては、心も体も豊かでいられる、大切なハッピーナンバーです。
ここまで来るのに、5年以上もかかってしまいました。
長い道のりだったし、途中で怖くなって、またご飯を減らしちゃう日もたくさんありました。
でもその5年は、絶対にムダじゃなかった。
体重が1キロ戻るのに何ヶ月もかかったけれど、その1キロには、私の涙と、がんばった勇気がぜんぶ詰まっているから。
拒食症だった過去を、私はもう恥ずかしいなんて思いません。
あの苦しい時間があったからこそ、私は人の痛みに優しくなれたし、自分を大切にする方法を知ることができた。
だから、今もしあなたが、体重計の数字を見て泣いているなら。
「ゆっくりでいいんだよ」って、ギュッと抱きしめてあげたいです。
急いで治そうとしなくていい。
他の誰かと比べなくていい。
「今日はチョコレートをひとかけら食べられた」
「おいしいって、心がちょっとだけ動いた」
それだけで、あなたはものすごい大一歩を踏み出しています。
理想の細い体を手に入れたとき、私の心は死んでいました。
でも、完璧じゃなくなった今の私は、毎日ご飯が美味しくて、お母さんと笑えて、とっても自由です。
あなたは、一人じゃない。
焦らず、ゆっくり、私と一緒に、あなたのペースで歩いていきましょう。
あ、そうそう。最後にもうひとつだけ。
実は、次回のnoteでは、今まで誰にも話せなくて、ずっと胸の奥に隠してきた「ある記録」をすべてお話ししようと思っています。
それは、拒食症の真っ只中にいた私の、狂気ともいえる「本当の1日のタイムスケジュール」です。
朝4時、冷え切った暗い部屋で、いったい私はどんな音を聞きながら、どんな風に体をすり減らしていたのか。
1gの狂いも許さなかった食卓の上のリアルな光景や、お風呂上がりに鏡を睨みつけながら私が心の中で呟いていた、生々しい「内面の声」のすべてを詳細に書き綴りました。
「これ、本当に小学生、中学生の女の子の日常なの……?」と、きっとあなたは驚き、言葉を失ってしまうかもしれません。
でも、当時の私にとっては、それが生きるための「すべて」だったんです。
今まさに渦中にいて苦しんでいるあなたには
「そう、これなの!誰もわかってくれなかった私の苦しみはこれなんだ!」
と、張り裂けそうなほどの共鳴を感じてもらえるはずです。
もしあなたがその立場だったら、その地獄のような24時間をどう生き延びますか?
ちょっとだけ、想像しながら待っていてください。
私のセカイの、一番深くて暗い場所の真実。
どうか、見逃して損することのないように、今のうちに通知を受け取れる準備をしておいてくださいね。
それでは、また次回の物語でお会いしましょう。