「普通にしてればいいじゃん」
この言葉を、何度聞いただろう。
普通に笑って。
普通に返事して。
普通に生きて。
その「普通」が、どれだけのエネルギーを消費するか。
言った側は、たぶん一生わからない。
「普通」って、誰が決めた?
考えてみると、不思議な言葉だ。
普通に話す。
普通に付き合う。
普通に感じる。
でも、その「普通」の基準は、どこにある?
誰かが決めた。
多数決で決まった。
気づいたら、そういうことになっていた。
「普通」は、実体のない亡霊みたいなものだ。
誰も見たことがないのに、みんなが信じている。
存在しないのに、それに合わせようとして、消耗していく。
演じることでかかる、見えないコスト
「普通」を演じることは、目に見えない。
声を荒げたり、泣き崩れたりしない。
外から見たら、何も起きていない。
でも内側では、ずっとフル回転してる。
今の反応、おかしくなかったか?
この空気、自分だけ読めてないんじゃないか?
さっきの笑い方、浮いてたかもしれない?
常に、自分を監視している。
常に、修正している。
常に、「普通」に近づけようとしている。
これを毎日やっていたら、そりゃ疲れる。
疲れて当然だ。
「普通じゃない」と気づいた瞬間
あなたは覚えているだろうか。
初めて「あ、自分は普通じゃないのかもしれない」と気づいた瞬間を。
みんなが笑っているのに、自分だけ笑えなかった日。
「なんでそんなこと気にするの?」と言われた日。
「普通はそう思わないよ」と軽く言われた日。
その瞬間に何かが刻まれた。
「自分はズレている」
「自分は直さないといけない」
「自分は、普通にならないといけない」
それから長い時間をかけて、「普通」の仮面を作ってきた。
仮面は、肌に馴染む
最初は違和感があった。
作り笑いが、作り笑いだとわかっていた。
合わせている自分が、合わせていると気づいていた。
でも続けているうちに、境界線が曖昧になってくる。
どこまでが本当の自分で、どこからが演技なのか。
「普通」を演じすぎて、本来の自分の輪郭が、ぼやけてくる。
そしてある日、ふと思う。
「私って、本当はどういう人間だっけ。」
疲れの正体
「普通」を演じることに疲れている人の多くは、
「自分がおかしい」と思っている。
でも、違う。
疲れているのは、弱いからじゃない。
おかしいからじゃない。
ずっと、二つのことを同時にやっているからだ。
「自分として存在すること」と、
「普通に見せること」を、
同時に、毎日、やり続けているからだ。
それは、ものすごく高コストな生き方だ。
「普通」の外にいる人たちへ
少し視点を変えてみる。
歴史を振り返ると、後から「正しかった」とわかる人たちは、
たいてい当時「普通じゃなかった」人たちだ。
スティーブ・ジョブズ
ヴァン・ゴッホ
アインシュタイン
ココ・シャネル
などなど、
時代の空気を読まなかった人。
みんなと違うことを言い続けた人。
「普通」の外にいることを、恐れなかった人。
「普通」からはみ出すことは、欠陥じゃない。
感度が高いということかもしれない。
見えているものが、他の人より多いということかもしれない。
世界の解像度が、ちょっと違うということかもしれない。
ーでも、綺麗事も言いたくないー
「普通じゃなくていい!個性を大切に!」
そういう言葉が、逆に傷つくことがある。
耳障り、うるさい!と思う時がある。
わかってる。
自分を大事にして、表現していく事の大切さ。
でも生きていくうえで、合わせないといけない場面がある。
「普通」を演じないと、傷つく場面、損する時がある。
それが現実だ。
だから「演じなくていい」とは言わない。
ただ、一つだけ言いたいことがある。
演じることと、なることは、違う
仮面をつけることは、悪くない。
社会で生きていくための、一つのスキルだ。
TPOに合わせて、自分を調整することは、必要なことでもある。
こんな私もたくさんの仮面を持っている。
でも、仮面をつけているということを、忘れないでほしい。
「普通」を演じていい。
でも、それが「自分だ」と思わないでほしい。
仮面の下に、本当の顔がある。
それを、自分だけは知っていてほしい。
演じることと、なることは、全然違う。
疲れたときにすること
「普通」を演じることに疲れたとき、何をするか。
正解はない。でも、私が思うことを書く。
一人になる時間を、意地でも作る。
仮面をつけなくていい時間が、どこかに必要だ。
誰にも見られていない、評価されていない、
「普通」を問われない時間。
「疲れた」と言える人を、一人見つける。
全部話さなくていい。
「なんか今日しんどい」と言えるだけでいい。
それだけで、ちょっとホッとする。
「普通」を問わない場所を、探す。
そういう場所は、ある。少ないけど、ある。
私はエクスタティクダンスだ。
そこに定期的に行く。
最後に
普通を演じることに疲れているあなたへ。
あなたがズレているんじゃなくて、
「普通」という幻想に、無理やり自分を合わせようとしているだけだ。
仮面は、必要なときにつければいい。
でも、鏡の前では外していい。
疲れたときは、疲れたと言っていい。
「普通」の外にいることは、欠陥じゃない。
あなたはただ、もう少し広い場所を必要としているだけだ。
「なんか違う」と感じながら毎日を生きている
すべての人へ届きますように。