占いを生業にしていると、ありとあらゆる相談が持ち込まれます。
恋愛、仕事、家族、健康。
何年も続けてきた中で、ある種の問いが繰り返し届くことに気づきました。
言葉は違っても根っこは同じ問いです。
「あの人は、報いを受けますか?」
「自分が今苦しいのは、過去の何かのせいですか?」
「良いことをしていれば、いつかきっと、良いことが返ってきますよね?」
つまるところ、これらはすべて、因果応報はあるか?ということです。
タロットは物事を見るための視点です。
カードそのものに未来が書いてあるわけではありません。
カードが映し出すのは、今この瞬間あなたの中にあるものです。
潜在意識の中にある恐れ、希望、見て見ぬふりをしている事実。
そういったものが浮かび上がってくるんです。
だからベテランの占い師ほどカードは答えを出さないと言います。
私もその言葉を時間をかけて理解してきました。
では因果応報という問いに、タロットはどう応えるでしょうか。
相談に来てくださる方の中に、深く傷ついた方がたくさんいます。
裏切られた方、不当に扱われた方、誠実に生きてきたのに理不尽な目に遭い続けている方。
そういう方がテーブルの向こうに座るとき、私は正直に言います。
私には、あの人がいつどんな報いを受けるかを、カードで正確に読むことはできませんと。
これは占い師として大切なことだと思っています。
悪いことをした人は必ず罰せられますと言えば、その人は一時的に安心するかもしれません。
でも、もしそれが起きなかったら?
もし、その人が何事もなく幸せに生きていたら?
その瞬間、占いは嘘だったという失望だけが残ります。
それよりも、報いを待つことに、あなたのエネルギーを使うことはありません
と伝えたほうがいいと思うんです。
これは相手を許せと言っているのではありません。
傷ついた気持ちを無視しろと言っているのでもありません。
ただ、あの人が罰せられる日を待ちながら生きることは、あなた自身の人生を、その人に人質に取られたままにしておくことでもあるということです。
まだ起きていない報いを暗闇の中で待ち続ける姿。
それはどれほど消耗することでしょう。
因果応報を語るとき、カルマという言葉がよく使われます。
サンスクリット語で「行為」を意味するこの言葉は、仏教やヒンドゥー教の概念から来ていて、行いはいずれ自分に返ってくるという思想を指します。
行為には結果が伴う。
それは善悪の裁きではなく、物理法則のような、因と果の連鎖です。
リンゴの種を植えればリンゴが育つ。それだけのことです。
タロットで言えば、「世界(The World)」のカードに近い考え方かもしれません。
全体が繋がっている。
一つの動きが、別の場所に波紋を広げる。
その連鎖の中に私たちは生きている。
罰を与える神がいるのではなく、連鎖があるんです。
あの人は嘘をついて、人を傷つけて、それでも豊かに暮らしている。
どうして?
この問いは本当に多く届きます。
私にも完全な答えはありません。
不誠実に生きている人が本当に穏やかな夜を過ごせているかどうか。
信頼できる人間関係を育てられているかどうか。
自分の目を見ながら鏡に映れるかどうか。
そういったことは、外側からは見えません。
それに、因果応報の時間軸は私たちが想像するより長いという可能性も、私は捨てていません。
一年後かもしれないし、十年後かもしれない。
それとも、現世では見えない形で、何かが積み重なっているのかもしれない。
私はそれを証明する手段を持ちませんが、長く人の話を聞いてきた経験の中で、じわじわと形が変わって返ってくる何かを感じることが確かにあります。
逆の問いもあります。
「良いことをしていれば、いつかきっと良いことが返ってきますよね?」
この問いの裏には、「だから良いことをしている」「見返りを期待している」という気持ちが隠れていることがあります。
あたしから言えるのは、善い行いの真の姿は、愚者に似ているかもしれないということでしょうか。
見返りを期待せず、誰かに気づかれなくても、損得を超えたところで、それが正しいと思うからする。
そういう行為が魂の深いところで何かを育てていくのだと私は感じています。
誠実に生きてきた人は、傷つくことがあってもその人の中に育った何かは確かに残ります。
それは目に見えない財産です。
奪われることのない確かな財産です。
誰かに見られなくても、誰かに認められなくても、静かに誠実であり続けること。
その行為そのものがすでに報いではないかと。
善く生きることの喜びは、善く生きることの中にある。
それ以外の場所にはなにもありません。
結局のところ因果応報はあるのかないのか。
私の答えはある、しかし私たちが期待する形では現れないことが多いです。
だから私は、相談に来てくださる方にこう伝えます。
「あの人の報いを待つよりも、あなた自身の今日を生きてください。」
「あなたが誠実であり続けることが、あなたの人生を作っていきます。」
「カードが示すのは可能性です。」
因果応報を信じることは、過去を恐れることでも、未来に怯えることでもないと、私は思います。
それはむしろ、今この瞬間の自分の選択が意味を持つという信頼ではないでしょうか。