因果応報とは、誰かを罰するための言葉ではありません
占いのお仕事をしていると、本当にさまざまな方とお話をします。
嬉しいご報告をくださる方。
涙を流しながら胸の内を話してくださる方。
そして時には、鑑定結果がご自身の望んでいたものとは違い、受け入れられない方もいらっしゃいます。
先日、私自身も改めて人との向き合い方について考えさせられる出来事がありました。
ご相談を伺って鑑定を進め、出た結果をお伝えする。
ところが結果をお伝えすると、それは違う、相手はそんなことを考える人ではないという反応が返ってくる。
そして、その後に最初に伺っていた状況とは異なるお話が出てきて、鑑定の前提そのものが変わっていく。
もちろん、占いの結果をすべて受け入れる必要はありません。
占いは未来を決めつけるものでもありませんし、違和感があれば質問していただいて構わないと私は思っています。
でもね、正直に言うね。
自分が欲しかった答えではなかったからといって、相手を否定したり、傷つけたりしていいわけではありません。
お金を払ってサービスを受ける側と、サービスを提供する側。
そこには立場の違いはあっても、人としての上下関係があるわけではないと私は思っています。
そこで思い出すのが、因果応報という言葉です。
因果応報というと、
悪いことをした人には、いつか悪いことが返ってくる。
そんな怖い意味として捉えられることがあります。
けれど、私は少し違う捉え方をしています。
人に向けた言葉。
人に取った態度。
誰かに与えた優しさ。
それらは少しずつ自分の人生の流れを作っていくものなのではないでしょうか。
人を大切にすれば、人から大切にされるご縁が育ちやすくなる。
反対に、相手を試したり、否定したり、自分の思い通りに動かそうとすることを繰り返せば、少しずつ人との信頼関係が築きにくくなってしまう。
それもまた、一つの因果なのだと思います。
だから私は、誰かに嫌なことをされたとき、
いつか罰が当たればいい
とは考えないようにしています。
その人が蒔いた種は、その人自身の人生の中で向き合うことになる。
私は私で、自分がどんな種を蒔くのかを大切にすればいい。
そう思っています。
そしてこれは恋愛にも同じことが言えます。
相手の気持ちを試し続けるより、素直に向き合うこと。
愛されることだけを求めるより、自分も相手を大切にすること。
不安だから相手をコントロールするのではなく、自分自身の心を整えること。
その小さな積み重ねが、未来のご縁を変えていきます。
占いも同じです。
私は、ご相談者様が望む答えだけをお伝えするために相談者や心を読むのではありません。
時には耳の痛い結果が出ることもあります。
それでも、その結果の中から、どうすれば少しでも幸せな方向へ進めるのかを一緒に考える。
それが私の鑑定です。
良い種を蒔けば、すぐではなくても、いつか芽を出す時が来ます。
人への優しさも、誠実さも、感謝も同じです。
今日あなたが誰かに渡した優しい言葉が、巡り巡って、いつかあなた自身を助けてくれるかもしれません。
因果応報とは、人を怖がらせる言葉ではなく、
自分は今日、どんな種を蒔いて生きるのか
そう自分自身に問いかけるための言葉なのではないでしょうか。
私はこれからも、ご縁をいただいた方一人ひとりに誠実に向き合いながら、良い種を蒔いていきたいと思っています。
そして今、人間関係や恋愛で心が疲れている方へ。
相手が何をしたかではなく、これから自分がどうありたいのか。
そこに目を向けた瞬間から、未来の流れは少しずつ変わり始めますよ。