タフティ記録 その言葉は私の言葉ではなかった
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今日、スーパーにいたとき、
もの凄いことに気付いた。
よく売り場で見かける、
子供と親の『買う・買わない戦争』。
泣き叫ぶ子供と、怒る親。
私は子供がいないから、
あの独特のエネルギーがずっと苦手だった。
昨日、ふと、
小さい頃の私(インナーチャイルド)と
向き合ってみたときのこと。
今の私が子供の頃の自分を
思い出そうとすると、
なぜか嫌な思い出ばかりが
芋づる式に出てくる。
「これも、私を守ろうとする
脳の防衛反応なのかな」
なんて思っていた。
そして今日、
その『戦争』に遭遇したとき、
事件が起きた。
激しく泣き喚く子供を見た瞬間、
私の脳内から、
「泣けば良いと思いやがって」
という、冷ややかな声が
はっきりと聞こえたのだ。
……あ、これ、私の言葉じゃない。
それは、かつて幼い私が辛くて、
悲しくて泣いたとき、
親から突き放すように言われた言葉
そのものだった。
脳はあの頃の記憶を、
今の出来事のように
私に見せ続けていたのだ。
子供の泣き声が苦手だったんじゃない。
泣くことそのものを全否定された、
あの頃の私の悲しい記憶に、
私の脳が過剰にアラームを鳴らして
反応していただけだったのだ。
しつけという名の言葉は、
時に呪いのように深く刺さるから、
本当に怖い。
でも、面白いことに、
「あ、これは親のデータだ。
私のものじゃない」と気付いた瞬間、
その呪縛がパチンと解けた。
それ以来、
スーパーで泣いている子供を見かけても、
胸のざわざわが消え、
不思議なほど「何とも思わなく」なったのだ。
気付くだけで、反応しなくなる。
今回の私の場合は、
気付いた瞬間に、
それはただの「過去のデータ」に戻っていった。
「気付くだけで反応が変わる」
その意味を、
私は今日ようやく体感したのだった。